ピロロロロ。ピロロロロ。
青色背景だった液晶画面が薄黒色へと変わった。
勢い余って発信ボタンを押してしまったかと、反射的に赤いボタンを押そうとしたが、どうにもおかしい。
よくよく眺めるとこれは着信画面で、名前のところに表示されたのは、今一番見たくねぇ名前。
……まあ、いい。ハッキリと言ったら、もう関わってこないだろう。
そんな思いで、通話ボタンを叩いた。
『……あ、もしもし。藤城くん? 吉永……です』
「ああ」
不機嫌丸出しの返事にも、こいつはバカ丁寧に礼を言い、俺が打ち込んだ内容を一つずつ復唱して、具体的に聞いてきやがる。
投げやりに答える俺をよそに、こいつは所々で黙り込む時間があり、あの小論文の時間みたいにペンを走らせているのが想像出来た。
『読んでくれてありがとう。……落選の理由がよく分かったよ……』
初めは「うん、うん」と力強く返事していた声が、だんだんとしぼんでいく。
途中で話を逸らそうとしたがこいつは最後までやめず、そして今、電話の向こうで肩を落としてるのが目に浮かぶくらい、覇気がなくなっていた。
「……お前、へこんでる余裕とかあると思ってんのか?」
『え?』
俺が口を挟むと、さっきまでの沈んだ声が嘘みたいに明るさを取り戻していく。
「じゃあ、また明日学校でね」と、絡むことなんかねーのに言ってきやがった。
何気ない一言。だけど、胸の奥をくすぐられた気がして、思わず呼吸が詰まった。
……ってか、もう終わらせる気だったのに、何言ってるんだ俺は!?
意味が分からねぇ言葉が勝手に口について、思わず「はぁ?」と間抜けな声が漏れたが、後の祭り。
どうやら先程打ち込んだメッセージは、あいつからの着信により画面が切り替わり、ギリギリのところで送信ボタンに触れていなかったようだ。
あいつのアイコンである、うさぎのぬいぐるみを見つめながら、いつの間にか親指はバツボタンを押し込んでいた。
ピコン。
単なる通知音に、心臓がビクンと跳ねる。
いつもはバイトのシフト連絡だと軽く目を通すが、今は。
『藤城くん、本当にありがとう。何か、お礼をさせてもらえないかな?』
スタンプと呼ばれるうさぎが、ペコペコとお辞儀の仕草をしている。……心拍数までペコペコしてんのかよ、俺。
なんなんだ、これ?
入っていたはずの体の力は抜けていき、体がふわふわと揺れたような錯覚を起こし、気付けば口元までもが緩んでいた。
『んな暇あんなら、さっさと書け』
スマホをタップする指先が震えるのは、バイトの後で疲れているからだ。
全く、くだらねーことに付き合わされて迷惑だってーのにこいつは──。
ピコン。
またも音に反応してしまう。
今度は笑顔のウサギが「ありがとう」と書いた紙を持ってやがる。
ったく、だから女子はめんどーなんだ! そこは返事せず、終わるところだろっ!
スマホを机に伏せて置き、頭をグシャグシャと掻きむしる。
『一万文字の短編を書いて見せろ。テーマは一つな!』
……なんであんなこと言ったんだ、俺?
折り畳んだノートパソコンを枕にし力無く顔を突っ伏すと、熱を帯びたパソコンの独特な匂いが、あの頃を彷彿させてくる。
あいつの沈んだ声を聞いているうちに心がざわついて、「やめんなよ」って気持ちが勝手に口を突いていた。
顔を上げた俺は、乱暴に扱ったノートパソコンをそっと開く。またマウスをカチカチと動かす。
気付けば、また一から吉永未来の小説を読み始めていた。ついさっき読んだ話だってーのに、パソコン画面をスクロールさせる指は留まることを知らねぇ。
精錬された文体には柔らかさもあり、読み手を意識した作り。
よくある失敗は長文になり過ぎて結局何を言いたいのかが不明になることだが、あいつは要点を絞りストレートに伝えてくる。そうかと思えば、巧みな言い換えに、幻想的な比喩表現は鮮やか。五感に訴えてくる。
そして何よりすごいのは、心情描写。痛み、動き、世界の景色まで巻き込んで、読む側を逃さない。
……一次選考も通ったことないと言っていたが、本当か?
いや。もしそうでも、基本的なことさえ習得すればいずれ受賞するだろう。この文才があれば──。
その考えが過った瞬間、ズンと重くなる腹の中。吐き出す息までもが重い。
胸の奥に湧き立つ黒い粘着したようなものは執拗にまとわりつき、俺の心までも漆黒色に染め上げていく。
……これは、この感情は。当然、知っている。
バカバカしい! どうでも良いだろ、今更!
またパソコンをバンッと閉じ、パイプベッドに飛び込む。
くだらねぇ……。俺はな、そんな夢物語、一ミクロも興味ねーし!
バイトして金貯めて、高校出たら、こんな家出てってやるって決めてんだからよ!
大きく息を吐き、爪が食い込むぐらいに手の平を握り締め、目を強く閉じる。
荒れた手から放たれる業務用洗剤の香りが、妙に鼻につく。
夢なんかいらねぇ。……生きる理由さえも。
青色背景だった液晶画面が薄黒色へと変わった。
勢い余って発信ボタンを押してしまったかと、反射的に赤いボタンを押そうとしたが、どうにもおかしい。
よくよく眺めるとこれは着信画面で、名前のところに表示されたのは、今一番見たくねぇ名前。
……まあ、いい。ハッキリと言ったら、もう関わってこないだろう。
そんな思いで、通話ボタンを叩いた。
『……あ、もしもし。藤城くん? 吉永……です』
「ああ」
不機嫌丸出しの返事にも、こいつはバカ丁寧に礼を言い、俺が打ち込んだ内容を一つずつ復唱して、具体的に聞いてきやがる。
投げやりに答える俺をよそに、こいつは所々で黙り込む時間があり、あの小論文の時間みたいにペンを走らせているのが想像出来た。
『読んでくれてありがとう。……落選の理由がよく分かったよ……』
初めは「うん、うん」と力強く返事していた声が、だんだんとしぼんでいく。
途中で話を逸らそうとしたがこいつは最後までやめず、そして今、電話の向こうで肩を落としてるのが目に浮かぶくらい、覇気がなくなっていた。
「……お前、へこんでる余裕とかあると思ってんのか?」
『え?』
俺が口を挟むと、さっきまでの沈んだ声が嘘みたいに明るさを取り戻していく。
「じゃあ、また明日学校でね」と、絡むことなんかねーのに言ってきやがった。
何気ない一言。だけど、胸の奥をくすぐられた気がして、思わず呼吸が詰まった。
……ってか、もう終わらせる気だったのに、何言ってるんだ俺は!?
意味が分からねぇ言葉が勝手に口について、思わず「はぁ?」と間抜けな声が漏れたが、後の祭り。
どうやら先程打ち込んだメッセージは、あいつからの着信により画面が切り替わり、ギリギリのところで送信ボタンに触れていなかったようだ。
あいつのアイコンである、うさぎのぬいぐるみを見つめながら、いつの間にか親指はバツボタンを押し込んでいた。
ピコン。
単なる通知音に、心臓がビクンと跳ねる。
いつもはバイトのシフト連絡だと軽く目を通すが、今は。
『藤城くん、本当にありがとう。何か、お礼をさせてもらえないかな?』
スタンプと呼ばれるうさぎが、ペコペコとお辞儀の仕草をしている。……心拍数までペコペコしてんのかよ、俺。
なんなんだ、これ?
入っていたはずの体の力は抜けていき、体がふわふわと揺れたような錯覚を起こし、気付けば口元までもが緩んでいた。
『んな暇あんなら、さっさと書け』
スマホをタップする指先が震えるのは、バイトの後で疲れているからだ。
全く、くだらねーことに付き合わされて迷惑だってーのにこいつは──。
ピコン。
またも音に反応してしまう。
今度は笑顔のウサギが「ありがとう」と書いた紙を持ってやがる。
ったく、だから女子はめんどーなんだ! そこは返事せず、終わるところだろっ!
スマホを机に伏せて置き、頭をグシャグシャと掻きむしる。
『一万文字の短編を書いて見せろ。テーマは一つな!』
……なんであんなこと言ったんだ、俺?
折り畳んだノートパソコンを枕にし力無く顔を突っ伏すと、熱を帯びたパソコンの独特な匂いが、あの頃を彷彿させてくる。
あいつの沈んだ声を聞いているうちに心がざわついて、「やめんなよ」って気持ちが勝手に口を突いていた。
顔を上げた俺は、乱暴に扱ったノートパソコンをそっと開く。またマウスをカチカチと動かす。
気付けば、また一から吉永未来の小説を読み始めていた。ついさっき読んだ話だってーのに、パソコン画面をスクロールさせる指は留まることを知らねぇ。
精錬された文体には柔らかさもあり、読み手を意識した作り。
よくある失敗は長文になり過ぎて結局何を言いたいのかが不明になることだが、あいつは要点を絞りストレートに伝えてくる。そうかと思えば、巧みな言い換えに、幻想的な比喩表現は鮮やか。五感に訴えてくる。
そして何よりすごいのは、心情描写。痛み、動き、世界の景色まで巻き込んで、読む側を逃さない。
……一次選考も通ったことないと言っていたが、本当か?
いや。もしそうでも、基本的なことさえ習得すればいずれ受賞するだろう。この文才があれば──。
その考えが過った瞬間、ズンと重くなる腹の中。吐き出す息までもが重い。
胸の奥に湧き立つ黒い粘着したようなものは執拗にまとわりつき、俺の心までも漆黒色に染め上げていく。
……これは、この感情は。当然、知っている。
バカバカしい! どうでも良いだろ、今更!
またパソコンをバンッと閉じ、パイプベッドに飛び込む。
くだらねぇ……。俺はな、そんな夢物語、一ミクロも興味ねーし!
バイトして金貯めて、高校出たら、こんな家出てってやるって決めてんだからよ!
大きく息を吐き、爪が食い込むぐらいに手の平を握り締め、目を強く閉じる。
荒れた手から放たれる業務用洗剤の香りが、妙に鼻につく。
夢なんかいらねぇ。……生きる理由さえも。



