君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一

 散っていった桜が桃色の絨毯を作り、木々に青葉が茂る頃。昼の暖かさと打って変わり、冷える月夜。
 俺は珍しく自室の勉強机に向かい、埃を払った黒一色のノートパソコン相手に一人ぶつぶつと呟いていた。

「うん。テーマは悪くねぇし、地の文も台詞回しも、心情描写もきっちり書けてんな。……だけど、冗長過ぎるな、これ。結局、親子の話なんか、友情の話なんか、進路の話なんか、何が言いてーのか分かんねーし。もっと軸を絞って深掘りすりゃ、登場人物の輪郭とかもクッキリ浮かんでくるだろ? だからまず物語テーマを絞って、自分が何を伝えたいのかを見つめ直しして、エピソードの取捨選択をして、見せ場である一場面を丁寧に描写したら……」

 無操作によりパソコンはスリープ機能に入ろうとし、画面が暗くなる。
 反射的に、エンターキーを押すのに力が入る。

 バカみたいに力説しても、その迷惑な演説を聞かされるのは目の前にあるパソコンのみ。
 スマホを握り締め、本来伝えるべき相手に今の内容を打ち込み、メッセージアプリの送信ボタンに触れる。

 こうなったのは、あいつの言葉からだった。

『私、小説書いてて。……書籍化とか、夢みてて。だけど文学賞でいつも落ちてばかりだから、三次選考まで突破した須藤翼先生にご教授を願いたくて』

 そんなことにより始まった、一生縁がないと思っていたクラスの頂点との妙な関係。
 三次までいったって、一体何年前の話してんだよ?

 あいつが目指しているのは青春文学賞。応募資格である中学の頃から、つまり三年ほど文学賞に応募しているらしい。
 しかし結果は出ず、どこの出版社でも毎回一次選考落ち。だから俺に、執筆の仕方について教えて欲しいとのことだった。
 まあ青春文学の公募は、基本千作品超えの応募数があり、一次通過なんて百以下。早々にふるいにかけられる。
 一次通過するだけでも、内容と文体を認められないと前には進めない。作家達にとってそこは一つの登竜門でもあり、あまりの過酷さに引き返してしまう奴も山ほどいる。

 だからか、あいつは一から執筆のやり方を教えろとかガタガタうるせーこと言ってやがったが、あれほどの文章を書ける奴に今更何を教えるっていうんだ?
 だから落選作品の中で一番自信があるのを、公募に出すつもりで俺に送ってこいと命令した。

 話を聞いて、まず一番に過ったのは「0次落ち」。つまり小説すら読まれずに落ちることだ。
 応募要項の記入漏れ、規約違反、原稿の送付ミス、ジャンルエラー、あらすじの不備など。バカみたいな凡ミスで、門前払いされるパターンは以外と多い。

 しかし、問題なし。
 原稿用紙は正しい使い方で、規定の枚数内。文字化けもなく、ルビもしっかり打ててる。あらすじも起承転結で分かりやすくまとめられある。
 内容は中学三年生女子を主人公にした、家族、友人、進路に悩む主人公の成長物語。
 まさに求められている、青春文学って感じだろう。

 どうゆうことかと疑念を抱きながら、いざ原稿を読み始めると、序盤より読者に呼びかける一文が光る。
 鮮やかな情景や世界観に惹き込まれて、文体に魅了され、気付けば主人公の胸の鼓動が自分の体で打ってるみたいな錯覚。
 俺は画面に食いつくようにページを送った。

 ……しかし、読み進めるうちに話が暴れ出す。
 友情、親子関係、進路。全部書きたくて欲張って。結果クライマックスが霞んで、何を伝えたい物語なのか分からない。
 おそらくそれが落選理由だろう。

 だが、そうは言っても文章力は本当だ。これで一次も通らねぇのか?

 胸にうごめくザワつきを抑えつつ、結末を知っている上でもう一度ざっと読み返す。やっぱり余計な描写が目につく。

 とにかく伝えたいことがありすぎて、話に緩急がつけられなくて、まとまりがなくて、ただ突っ走っている。
 それは、まるで。


『直樹。内容はすごく良いけど、もっとテーマを厳選した方が良いんじゃないか? 山場ばっかだとクライマックスが霞むし、何が言いたい話なのかも見えなくなる。この物語を通じて、何を伝えたいか。もう一度考え直してみろよ?』

 胸の奥に沈殿していた声が、急に蘇る。

 大学ノートを開けてシャーペンを走らせたあの高揚感、心に沁み込む言葉の数々、いつも目の前にあった柔らかな笑顔。

 その記憶が、一瞬で俺を中学生の頃に戻してしまった。

「うるせぇ! 裏切り者が!」
 静まり返った六畳ほどの部屋に怒声が響き、暖色のカーテンが僅かに揺れる。
 ギリっとなった奥歯を噛み締め、苛立ちからノートパソコンを乱暴に閉じる。
 横に置いていたスマホが、反動でフローリングの床へと転がり落ちる。
 余計に蓄積する苛立ちを抑えつつ拾い上げると、視界に入ってきたのは画面を埋め尽くした長文。
 これは俺が、メッセージアプリにて吉永未来に送りつけたもの。遠目から見ると、こんなにビッチリ文章を書き込んでいたのだと、面食らってしまう。

 ……何、マジになってるんだ? これは口止めの為の茶番だろ。

 途端に激しく鳴る心臓の音、紅潮する体は熱く、一瞬息を止めたことにより足先が痺れる。

 何だ、これ?
 いちいち文章が長ったらしくて、しつこくて、ウザったいぐらいに熱くて。
 文面より嫌でも伝わってくるバカみたいな舞い上がり具合に、湧き立つ言葉では言い表せない怒り。
 取り消したい、……もう取り消せない。

 羽織っていた紺のカーデガンが体にまとわりつき、脱いでそのまま床に落とす。スマホを力強く握り締め、指の力を強めて文章を打ち込んでいく。
 こんなくだらねえこと、終わりだ、終わり!
 そんな思いで、送信ボタンに触れた瞬間。