君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一

 桜が完全に散り、若葉が茂る頃。
 四月末。ようやく熱が下がったこいつの元に行く。やることは一つ。最後の大仕事だ。
「具合はどうだ?」
「元気だよー! もー、退屈なぐらいー」
 ニッと笑って見せるが頬はこけ、体はより小さくなっている。熱でこの二週間、飯が食えなかったのだと痛いぐらい伝わってきた。

「いよいよだね」
「ああ、これを押す為に頑張ってきたんだからよ?」
 俺達の前に開かれたノートパソコン。それは一つの文学賞への応募ページを映し出していた。
 応募要項に抜けがないか、原稿は送付出来ているか。何度も何度も確認し、こいつはゆっくり「送信」と書かれた場所へカーソルを合わせる。
 強張る表情、震える指。応募の為に心血を注いで書いた作品を、出す時がきた。それは認められるか分からない、未知の挑戦。作品を自分の分身みたいに大切し応募しても一次選考すら通らないなんて、いくらでもある現実。
 自身に次があると言い聞かせてもそれはキツく、自分すらも否定されたような錯覚を起こし、才能のなさを悲観し筆を折るぐらい心を削られる。
 極め付けにはこいつに「次」はなく、複数エントリー者が多い中、出せたのは一作。かなり、不利な立場。
 だからこそ応募を見守って欲しいと言ってきたこいつの側で、経緯を見守ると決めた。
「直樹くん」
「あ?」
「押して……くれない?」
「……分かったよ」
 俺はこいつからマウスを受け取り、左ボタンに人差し指を添える。

「お前も指出せよ?」
「え?」
「書いた者として、自分で送り出せ。そうしないと、作品に失礼だろ?」
「作品に? そうだね」
 こいつは細くて長い指を、俺の指上にそっと添えてきた。
「覚悟は出来てるか?」
「うん」
「じゃあ、お前のタイミングで一緒に押すぞ?」
「……うん」

 カチカチカチカチ。
 こいつが病室に置いておいた時計が、時の流れを伝えてくる。こいつの手は時折カタカタと震えるが、それが止まった時。
「じゃあいくね? 三、二、一」
 カチッ。
 マウスのクリック音がすると、目の前に映し出されたパソコン画面は「応募を受け付けました」の文字。
 とうとう、やり遂げた。
 顔を合わせるが、気付けばマウス上で重なる二つの手。
「あっ!」
「悪い!」
 二人で思わず、バッと離す。

 しばらく沈黙が続いた後、まじまじとパソコン画面を眺めていたこいつが一言。
「頑張って、生きないとね」
「そうだ。辞退とかは、絶対なしだからな!」
 大賞受賞作は書籍化と決まっていることから、作者死去となれば受賞を辞退となるだろう。
 だからこいつは生きなければならない。
 生きなければ。

「でも、一次で落ちたらどうしよう……」
「縁起でもねーこと言うな」
 俺はこいつの頭をコツリと叩く。
 それにえへへと笑いながら帽子を被った頭を撫でたこいつは、俺をじっと見てきた。
「何だよ?」
「もし。もし。大賞を受賞したら。……未来と呼んでくれる?」
「はあー!」
「あと頭も、今度は撫でて欲しいかなーとか」
 意味が分からない申し出に、俺の口はモゴモゴとなる。
「覚えてたらな」
「約束ね!」
 また、いたずらっ子のように笑う姿に俺は振り回されてしまうみたいだ。