君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一


 こうして、高校生活二度目の夏休みに入っていった。

「……あー、出来ねぇっ!」
 スマホを机にバンッと置いては頭をクシャクシャとさせ、また手に取って文章を打ち込んだかと思えば、胸がざわつきやがって指が勝手に全削除しやがる。
 一体、こんなことを繰り返して何日が過ぎたんだろうか?
 単純に一言謝るか、理由を軽く説明するか、一から十まで全て話すか。
 どうしたって、出た言葉は引っ込められず、取り消しなど出来るはずもねぇ。
 まったくよ、なんであんな言い方しちまったんだよ。ふざけんなよ、マジで。

 パイプベッドにダイブすれば金属がギィギィと鳴り、下に敷いてある薄い布団だけで着地するとか痛ぇけど、別に俺なんかどーでもいいし。

「はぁ……」
 もう何度目の溜息とかいちいち数えてねーけど、いい加減うっとしーんだよ。
 ゴロンと仰向けになると締め切ったカーテンから太陽の光りが漏れてきて、眩しいのなんのって。
 腕を両目に押し付けると視界が遮られて、いらねー記憶が蘇ってきやがった。

『達也、どうしてだよ?』
 その返答が、俺の脳内で再生された。
 そっか、あの言葉は俺が……。
 ダンっと音を立て乱暴にベッドから飛び降り、本棚に掛けてある布切れを剥がすと、俺の傷口に貼ってあったカサブタまで剥がれたみたいで、どうにも痛ぇったらありゃしない。
 簡易な布切れで目隠しした先には、大学ノート、低学年のガキが使う自由帳、進級により使わなくなった学習用ノートの残りページまで使ってたから、数十冊に及んでいた。
 小学二年生頃だったか、頭の中で抱いていた妄想を自由帳に書くようになり。小三のクラス替えでアイツと同じクラスになり、休み時間にこっそり思いついたネタをメモ書きしているところを見られて、終わったと思ったが、「実は僕も小説書いてるんだ」と耳打ちされたのが、全ての始まりだった。
 どんどんと増えていく、創作ノート。
 自由帳の書くスペースがなくなり、一、二年のノートを掻き集めて空きスペースを使って書き、高学年になる頃には大学ノートとか買って、ひたすら書いて、あの時の煌めきと高揚感ときたら。

 バサッ。
 俺はノート全てをゴミ袋に投げ入れた。
 くだらねぇ、いらねーんだよ、こんなゴミなんか。くだらねぇ、思い出なんか。

 ゴミ袋に入ってるノートと目が合ったような錯覚を覚えた俺は、わざと音を立ててドアを閉め、階段を駆け降りて行く。
 日暮れ前のリビングは薄暗く、七時過ぎるというのに誰もいねぇ。
 ……別にいつものことだしよ、今更なに言ってんだ、俺は?

 カレンダーを見れば一週間ビッチリ「出張」と書いてあるし、月の半分も帰って来ねーんだから、どーでも良いだろ?
 本当に仕事なのか、俺を避けてんのか知らねーけど、どーでもいいし。

「腹減った……」
 頭の中に渦巻くモヤを払いたいのか、やたら一人でボソボソと言う癖が出ちまって、掠れた声がどうにも気分悪い。
 バイトのシフト、減らすんじゃなかったな。
 こうゆうのを一方的な押し付けっていうんだよ、気持ち悪りぃ。

 ビニール袋にたんまり入り込んだカップ麺の山から適当に取り出し、慣れた手付きでフタを開けて湯を注いで、ドカッとイスに座り込む。
 カップ麺は楽だ。わざわざ料理しなくていいし、洗い物もない。上手くて、安くて、すぐ食える。
 だから俺は、家事代行とか呼ばれる人を断った中学からこればっか食ってる。
 別に食いもんにこだわりとかねーし、腹が膨れたら全部同じだろ?
 母さんみたいになっても、あの人にとってはどーでも良いだろうし、むしろ天罰とか思うんじゃねーか?

 時間になりズルズルと音を立てて食うが、どうにもこれじゃない感に溢れてきやがる。
 肉じゃが、筑前煮、赤魚の煮付け、鮭のホイル焼き、卵焼き、味噌汁。
 そんなものばかり浮かんでは消え、俺のメシをジャマしやがる。

 俺だって、そこまで人生捨ててるわけじゃねぇ。
 欲しけりゃスーパーで買うし、惣菜屋ぐらい行くに決まってんだろ。
 だけど、感じたのは虚無感。
 美味いが違う、あれじゃない、俺が求めているのは。

『味どう? 甘すぎない? 藤城くんは甘いの苦手だから控えめにしたけど、難しくてぇ』
『直樹、いつもごめんね。今日は久しぶりにご飯作ったから食べて』

 次に脳内に響いた声は、鈴を転がすような可憐な声と、優しくやわらかで幼かった俺を丸ごと包んでくれるような温かな声。 
 それは。

「母さん……」
 大好きだった母と、吉永未来の華を舞わせたような笑顔だった。