「……そんなこと言って、どうせまた貶めるつもりだろ?」
「えっ?」
俺に向ける目は意味が分からないと言いたげで、だからこそ余計に俺の癇に触ってきやがる。
「俺の小説周りに見せびらかして、笑う気なんだろ? 面白かったか? クラスの笑い者にして? 平凡な世界壊して」
気付けば、そう呟いていた。
「え、ちょっと待って、そんなことするわけ……!」
こいつは俺に手を伸ばしてきたが、パシッと跳ね除けていた。
「俺はなぁ、信じねーんだよ! 上っ面だけ取り繕った人間なんか!」
こいつは違うだろっ! おい、やめろよ。
そう頭では分かっているが、ずっと押し込めていた感情が溢れていき、口汚ねぇ言葉は止まることを知らない。
この暑苦しい季節が、オレンジに染まる夕陽が、波によって浴びる潮風が、目に入って滲みる痛みが。
全てがあの時と同じで、相手が違うと分かってんのに、関係ねぇこいつに苛立ち全てをぶつけていた。
「大体よぉ、お前こんなんで受賞とか本気で思ってんじゃねーだろーな! 毎回、千以上の応募作が集まってんだぞ! その中にいんのはガチの新人ばっかじゃねー! とっくにデビュー済みの作家だって、ゴロゴロいやがる! そいつらに勝てんのか? ……無理だろ? お前みたいに自己管理もできねぇ、もう書けねぇと泣き事ばっかで、勝負から逃げ出すような弱ぇ奴! そんな甘い世界じゃねぇつーの! お前いい加減分かれよ? もう書くなよ! 目障りなんだよ!」
半分本音、半分やっかみ。
だけどよ、だからこそ心を強く持てって言いたかったんだよ。
プレッシャーに潰されるなって言いたかったんだよ。
本気なら、時に負けると分かってても勝負しなきゃいけねぇ時があるんだって伝えたくて。
なのに、なんだよこの言い方は。
俺は、そんなこと言いたかったわけじゃ……。
もう余計なこと言うんじゃねぇと、口を手で強く押さえ込んだ俺は顔を見上げる。
その言葉を黙って聞いていたこいつは、瞬きを忘れたのかと思うぐらい俺を見つめてきて。美しき瞳から……。
その瞬間、俺の体が激しい衝撃を受けたような痛みが襲ってくる。
頭を何か硬い物で殴られたのか?
ナイフで胸を刺されたのか?
体全体を切り裂かれたのか?
そう錯覚させる程に何が起きてるのか分かんなくて、呼吸の仕方まで忘れてしまったかのように息苦しくなっていく。
波の音は聞こえないが、こいつの声を殺しているのは聞き取れて。視界が揺れてきて。俺は。
「あっ!」
気付けば肩に当たる軽い衝撃と、倒れる小さな体が視界に入った。
俺は帰ろうと、いや逃げ出そうと闇雲に歩き出し、こいつにぶつかってしまったようだ。
前を見ず、無鉄砲に歩き出そうとした故に起きてしまった。
完全に俺が悪い。それなのに。
「ううん、違うの。私がふらついただけだから、ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい……」
二度目のごめんなさいは、ぶつかったことじゃないだろう。
声を震わせたこいつはゆっくり起き上がり、セーラー服に付いた砂をパッパと払う。
俺に顔を向けることもなかったこいつは、小さな背中を向けて離れてゆく。
謝らないといけない。
今から追いかけたら、間に合う。
分かっているくせに、俺の足は何かに掴まれたかのように動かす、離れていく姿をただ眺めていた。
──あの時のことは、今思い返しても胸が抉れるぐらいに後悔していることで、俺の人生の中で後悔していることを聞かれたら、真っ先にこのことが過ってしまうぐらいだ。
もしこの物語に、今の俺が介入出来るなら。間違いなくこの時に戻り、過去の俺をぶん殴って、謝れと怒鳴るだろう。
だが、時は進んで、もう彼女はいなくて。俺の手元に残ったのは、彼女が遺した一冊の本だった。



