君と綴る未来 一余命僅かな彼女と一

「なあ、お前が書きたい物語はこれなのか?」
「……え?」
 南紀白浜にも春が訪れる頃。
 まだ冷たい潮風に吹かれ、押しては引いていく海を眺めながら俺はその言葉を口にした。
 十二月締め切りの公募をなんとか間に合わせて応募したものの、二月末に一次選考の発表により落ちたこいつは、明らかに変わっていった。

 突然、異世界恋愛、大正ロマン、大人の勧善懲悪もの、大人の恋愛など。今までに読んでも書いてもなかったものに目を向け、短編を書いては送ってくるようになった。
 俺は何度も、専門外だから分かんねーと突き返しても、こいつは見るだけで良いからとゴネてきやがる。
 仕方がねぇから見てやるが、男の俺でも分かる。全然面白くねーって。

 だから俺はガラにもなく呼び出しとかし、この季節には人が居ない海で二人で話すことになった。

「別に人気ジャンル書くのとかは否定しねーよ。『自分の好き』と、『読者の好き』は、イコールじゃねーから」
 これは小説執筆だけでなく、創作界隈で言われてること。
 趣味なら「クリエイターの好き」を通せば良いが、商業を目指すなら「消費者の好き」を考えなければならない。
 こいつが目指しているのは出版社より自作を本にして販売してもらうこと。つまり商業展開させるという意味だ。
 だからこそ読者と出版社が求めている作品を作り上げなければならず、好きな物を全面に書いて評価されるほど甘い世界でもない。
 市場調査をし、読者が求めているものを考えて書ける奴が、栄光の受賞を勝ち取る。
 それは分かってるから否定はしねーよ。だけど、これじゃダメだ、話にならねぇ。

「既に書籍になった話、まんまを読まされてる気分になんだよ。今更、シンデレラの話、そのまんま読みてーか?」
 確かにあらすじを聞けば似てると感じる作品は数多くあるが、その中には原作と違うオリジナリティとか、読者を喜ばせる手法が込められてる。
 それに気付かず、同じジャンルの当てこすりなんか書いて表紙だけ取り繕っても、中身はどこまでも同じテンプレ作品。それだったら読者は、面白さが約束されてる既存作品を読む。そうゆうことなんだよ。

 俺の指摘に唇をギュッと噛み締めたこいつは、どんどんと表情を曇らせてゆく。
 上空に広がる曇り空のように。

「だって、全然ダメなんだもん! こないだ書いた話だって、また一次通らなかった……。思ったの。私、青春文学向いてないなって。だから視点を変えないとって。読んでもらえる話を書かないとって……」
 声を詰まらせたこいつは、どんどんと力が抜けていったようで、俯いてしまう。
 好きなものに対して、向いてないと否定するのが、どれほどの痛みが伴うものか。
 俺は分かってるつもりだ。
 だからこそ、新しいジャンルに挑戦するお前に伝えたい。

 確かに、読者に目を向けるのは大事だよ。流行りを考えて書くのも。
 だけどな、数多く見える栄光の下で、一体どんだけの無名作家が泣いてると思ってんだ?
 本当の意味でそのジャンルの面白みを理解し、どうしたら他の面白い話を書けるかを考える。
 それが作家の独自性、オリジナリティってやつなんだよ。
 それが面白さが約束されたテンプレの中で、受賞を目指すということなんだよ。
 突出するもんがねーと、簡単に埋もれる世界なんだよ!

「だって、最近の受賞傾向はこうゆう作品なんだもん! 投稿サイトだって、青春文学とか全然読まれないし! 時間かけて練り上げた作品より、流行りの似た話の方が読まれる。好きな話を書き続けるだけじゃ、ダメなの!」
 その言葉を告げたこいつは、目を潤ませる。
 分かっている。こいつだって、本心では書きたい作品で評価されたいと願っていると。
 そして俺もそんな現実をヒシヒシと味わってきたからこそ、知っているつもりでいることだ。
 須藤翼として小説投稿サイトで自作を出してた時、明らかに閲覧数とか違ぇんだよな。
 時間を掛けてじっくり書いたオリジナルは全然読まれねーのに、流行りを適当に詰めたものはランキング上位に昇りつめちまう。
 だから錯覚しちまうんだよ、適当に書いたテンプレの方が良いのか。流行りだと書籍化の近道なんじゃねーかって。
 だけどそこには、そのジャンルの面白さを極めた無数の作家がいる。
 全ての作品をなぎ倒してトップに立つ覚悟とか、本当にあんのか?

「なあ、どうしてお前は、書籍化を目指すんだ?」
 声を発さずこちらに顔向けしてくる、こいつの姿。
 言葉に詰まる様子に、安易に口に出せない理由を秘めているのだと察せられる。

「別に、書籍化ばかりに捉われなくていーだろ? お前が書く話悪くねーし、投稿サイトでそれを求める読者相手に執筆したら良いんじゃねーの?」
「確かに、読んでくださる読者さんは居てくれるし、コメントも温かなものばかり。また書いてくださいと、言ってくれることもある。……そうだよね。だけど、私は……」
 俯き、手をギュッと握りしめる仕草。
 どうしても叶えたい理由があるのだろう。

「受賞目指してやんのも、良いんだよ。ただ筆は折るなって言いたいだけだし」
「……え?」
 やっちまったと思った時には、遅かった。

「それって……」
 やめろ、触れんな。
 こいつの口を封じる為、俺は強い目付きで睨み付けてしまう。

「……あ。ごめん、帰るから」
 何も悪くねぇこいつは、明らかに肩を落として、シャリシャリと音を立てて砂浜より離れていく。
 そんなあいつに声一つ掛けられない俺は、こいつが立ち去るのをただ眺めることしか出来なかった。