ジメジメとした熱い夏は終わり、コスモスの花が風によって揺れる十月上旬。
公募用に書いている作品について相談したいと言ってきたこいつを、仕方がなく家に入れてやった。
「前に見てもらった作品、藤城くんは気になっていることあったよね? だから、率直な意見を言ってもらえないかな?」
唇をキュッとしたこいつは、テーブルで見えねーけどおそらく手まで握り締めているようで、どんな批判でも受け入れるという覚悟を持っているようだ。
前の作品というのは、俺が初めてこいつの小説を読んで散々小言を挟み、六月の青春文学賞に応募の際もズケズケと口出しした長編小説のことだ。
まあ、思うことはあったよ。
だけど、あん時は時間なかったし、モチベーション下げるだけだと言わなかったんだよ。
……いや、嘘だ。本当は言えなかった。前にこれを言って、一人の人間を断筆に追いやるキッカケになっちまったからよ。
「私は、絶対に書き続けるよ」
そう言いたげな真っ直ぐな瞳は、逸らしがちな俺の目を射抜いてきやがる。
分かったよ、言えば良いんだろ?
ガラにもなく言葉を選ぼうと口をモゴモゴしてると、大丈夫だからハッキリ言ってほしいとか、自身へのハードルを上げやがるこいつ。
「お前、改稿と推敲してんか?」
「……あっ」
薄々指摘されることを勘付いていたこいつは、こっちに向けていた顔をどんどんと下げていく。
分かってんなら、話は早ぇな。
つまり、そうゆうことなんだよ。
改稿とは、一度書き上げた小説を見直して、プロットや文章や台詞などを大幅に書き直すこと。
推敲とは、誤字脱字がねーかとか、言葉の誤用とか調べたり、文章の使い方が統一されているかとかの確認作業のことだ。
こいつの場合、推敲はバカ丁寧にしているからか間違いは一文字もなかった。
しかし明らかに長ったらしい文章に、重複した展開。話が前に進まねぇから読者は退屈で、本題に入る前に離脱を招きやすい内容。
その原因は、改稿してねーからなんだよ。
公募の下読みや選考委員は、数多くの中から良作を選ばねーといけねぇんだから、長ったらしい一作に付き合っている時間なんてあるかよ。
まずはあらすじで目に留まらせ、冒頭を読む中で相手を惹きつけなければならねーんだ。
重複した内容なんて読ませてるヨユーなんてないからな。
だから、お前に必要なのは取捨選択だ。
一から十までの文章なんか、内容なんか、読者は読みたくねーんだよ。
過不足が出るのが怖いのは分かるけど、そこは欲張るな。
完成した文章と向き合って、とことん考えるんだよ。読者にとって面白いか、冗長過ぎねーか、同じ展開の繰り返しじゃねーか。
それでくだらねーと思ったら、消して書き直すんだよ。鉛筆で書いた下書きのようにゴシゴシと消していくんだよ。
例えそれがどれほど時間をかけて書いた文章でも、気に入っていてもな。
俺の傍迷惑な演説を聞き入っていたこいつは、ハッと気付いたようにテーブルに広げてあったノートにウサギ柄のシャーペンの先を走らせていく。
やや目が潤んでいて、やっちまったと青ざめるが、こいつは黙々とまとめていった。
「私、一次落ちしちゃったんだ。ごめんね、せっかく見てくれたのに」
シャーペンの動きが止まった時、こいつはノートを見つめてポツリと呟いた。
やはりそうか。
六月末に出した公募の一次通過作品の発表あったが、それ以降なんか無理に笑ってるようだったからな。
俺はこいつのペンネームとかキョーミねーし、題名は自分でつけると言っていたから、結果がどうなったのかも知るはずがない。
一次通過率十パーセント以下。まあ、妥当な結果だろう。
そうは言っても、それで割り切れないのは作家側。SNSなんか見ちまったら、数々の一時通過報告に目を逸らし、何が違うのかと悶え、自身の才華のなさを痛感し、もう何を書いても無駄だと全てを投げ出したくなるのが心情ってやつだ。
冷静に考えればSNSに書き込むのなんか上手くいってる奴らばっかで、ダメだった奴は静かに涙を飲んでるだけだってのに。
錯覚しちまうんだよな、こうやって。
あいつはまた一次通ったのに、自分はまた落ちた。
何が違うんだと読んだら、全てのレベルが違って、勝手に落ち込んで。
これを越すのはムリだと筆を折ることなんていくらでもあるし、俺は実際目の当たりにしている。
……公募に挑戦しようとしなければ良かったのか?
不意にそんな考えが過ってしまう。
そうだよな。こんな争いの世界知らなかったら、毎日苛々することも、溜息を吐くことも、胸が抉れて吐きそうになることも、雷に撃たれたような激しい痛みに苦しむこともねぇもんな。
こんな世界知らなければ、俺たちは今頃も一緒につるんでたんじゃねーのか?
「本当に藤城くんはすごいよ! ねえ、もう一度……」
なんてタイムリーなことなのか。
その言葉に俺の眉がぴくっと動き、それに反応したこいつは口を噤んでしまった。
「あ、ごめん。帰る、から……」
返事もせずにこいつから背向けた俺は、そっと出ていくその姿に見送ることをしない。
強張った自身の顔を、真っ黒なスマホに反射した画面越しにただ眺めていた。
俺はもう出来ない。書くことから逃げ出した俺には。
『藤城って、そうゆうキャラだったんだ?』
『夢小説とか、痛過ぎだろ』
『須藤……翼? うわあ、ガチ過ぎて引くわー』
教室中にざわつく笑い声。
回される、一冊のノート。
それを遠目より見ている、あいつ。
『達也……、どうしてだよ?』
俺の問いに、アイツは答えてくれなかった。
親友だと思っていたのは俺だけだったのか?
一緒に受賞するんだと意気込んでいたじゃないか?
あれは二人だけの秘密だと約束しただろう?
なのに、なんで言ったんだよ?
公募用に書いている作品について相談したいと言ってきたこいつを、仕方がなく家に入れてやった。
「前に見てもらった作品、藤城くんは気になっていることあったよね? だから、率直な意見を言ってもらえないかな?」
唇をキュッとしたこいつは、テーブルで見えねーけどおそらく手まで握り締めているようで、どんな批判でも受け入れるという覚悟を持っているようだ。
前の作品というのは、俺が初めてこいつの小説を読んで散々小言を挟み、六月の青春文学賞に応募の際もズケズケと口出しした長編小説のことだ。
まあ、思うことはあったよ。
だけど、あん時は時間なかったし、モチベーション下げるだけだと言わなかったんだよ。
……いや、嘘だ。本当は言えなかった。前にこれを言って、一人の人間を断筆に追いやるキッカケになっちまったからよ。
「私は、絶対に書き続けるよ」
そう言いたげな真っ直ぐな瞳は、逸らしがちな俺の目を射抜いてきやがる。
分かったよ、言えば良いんだろ?
ガラにもなく言葉を選ぼうと口をモゴモゴしてると、大丈夫だからハッキリ言ってほしいとか、自身へのハードルを上げやがるこいつ。
「お前、改稿と推敲してんか?」
「……あっ」
薄々指摘されることを勘付いていたこいつは、こっちに向けていた顔をどんどんと下げていく。
分かってんなら、話は早ぇな。
つまり、そうゆうことなんだよ。
改稿とは、一度書き上げた小説を見直して、プロットや文章や台詞などを大幅に書き直すこと。
推敲とは、誤字脱字がねーかとか、言葉の誤用とか調べたり、文章の使い方が統一されているかとかの確認作業のことだ。
こいつの場合、推敲はバカ丁寧にしているからか間違いは一文字もなかった。
しかし明らかに長ったらしい文章に、重複した展開。話が前に進まねぇから読者は退屈で、本題に入る前に離脱を招きやすい内容。
その原因は、改稿してねーからなんだよ。
公募の下読みや選考委員は、数多くの中から良作を選ばねーといけねぇんだから、長ったらしい一作に付き合っている時間なんてあるかよ。
まずはあらすじで目に留まらせ、冒頭を読む中で相手を惹きつけなければならねーんだ。
重複した内容なんて読ませてるヨユーなんてないからな。
だから、お前に必要なのは取捨選択だ。
一から十までの文章なんか、内容なんか、読者は読みたくねーんだよ。
過不足が出るのが怖いのは分かるけど、そこは欲張るな。
完成した文章と向き合って、とことん考えるんだよ。読者にとって面白いか、冗長過ぎねーか、同じ展開の繰り返しじゃねーか。
それでくだらねーと思ったら、消して書き直すんだよ。鉛筆で書いた下書きのようにゴシゴシと消していくんだよ。
例えそれがどれほど時間をかけて書いた文章でも、気に入っていてもな。
俺の傍迷惑な演説を聞き入っていたこいつは、ハッと気付いたようにテーブルに広げてあったノートにウサギ柄のシャーペンの先を走らせていく。
やや目が潤んでいて、やっちまったと青ざめるが、こいつは黙々とまとめていった。
「私、一次落ちしちゃったんだ。ごめんね、せっかく見てくれたのに」
シャーペンの動きが止まった時、こいつはノートを見つめてポツリと呟いた。
やはりそうか。
六月末に出した公募の一次通過作品の発表あったが、それ以降なんか無理に笑ってるようだったからな。
俺はこいつのペンネームとかキョーミねーし、題名は自分でつけると言っていたから、結果がどうなったのかも知るはずがない。
一次通過率十パーセント以下。まあ、妥当な結果だろう。
そうは言っても、それで割り切れないのは作家側。SNSなんか見ちまったら、数々の一時通過報告に目を逸らし、何が違うのかと悶え、自身の才華のなさを痛感し、もう何を書いても無駄だと全てを投げ出したくなるのが心情ってやつだ。
冷静に考えればSNSに書き込むのなんか上手くいってる奴らばっかで、ダメだった奴は静かに涙を飲んでるだけだってのに。
錯覚しちまうんだよな、こうやって。
あいつはまた一次通ったのに、自分はまた落ちた。
何が違うんだと読んだら、全てのレベルが違って、勝手に落ち込んで。
これを越すのはムリだと筆を折ることなんていくらでもあるし、俺は実際目の当たりにしている。
……公募に挑戦しようとしなければ良かったのか?
不意にそんな考えが過ってしまう。
そうだよな。こんな争いの世界知らなかったら、毎日苛々することも、溜息を吐くことも、胸が抉れて吐きそうになることも、雷に撃たれたような激しい痛みに苦しむこともねぇもんな。
こんな世界知らなければ、俺たちは今頃も一緒につるんでたんじゃねーのか?
「本当に藤城くんはすごいよ! ねえ、もう一度……」
なんてタイムリーなことなのか。
その言葉に俺の眉がぴくっと動き、それに反応したこいつは口を噤んでしまった。
「あ、ごめん。帰る、から……」
返事もせずにこいつから背向けた俺は、そっと出ていくその姿に見送ることをしない。
強張った自身の顔を、真っ黒なスマホに反射した画面越しにただ眺めていた。
俺はもう出来ない。書くことから逃げ出した俺には。
『藤城って、そうゆうキャラだったんだ?』
『夢小説とか、痛過ぎだろ』
『須藤……翼? うわあ、ガチ過ぎて引くわー』
教室中にざわつく笑い声。
回される、一冊のノート。
それを遠目より見ている、あいつ。
『達也……、どうしてだよ?』
俺の問いに、アイツは答えてくれなかった。
親友だと思っていたのは俺だけだったのか?
一緒に受賞するんだと意気込んでいたじゃないか?
あれは二人だけの秘密だと約束しただろう?
なのに、なんで言ったんだよ?



