ピコン。
待ち望んでいた音にスマホを置いてある机に駆け寄ると、そこには見慣れた名前があり。
『修正案なし。これでいけ!』
たった一文。だけどそれが、何よりも俺の心の中で温かく溶けていく。
俺はようやく未来の物語を描き切れたのだと、大きく息を吸って吐いた。
ノートパソコンを開けばそこには青春文学賞の公募画面が映し出され、久しぶりに応募ページに原稿を貼り付け、応募要項を一つずつ打ち込んでいく。
慌てるな、落ち着け。ここで失敗したら0次落ちになるぞ。
『君と綴る未来』
かつて未来に話したことを思い起こしつつ、一文一文を噛み締めながら、文字を打っていく。
ふうっと一息吐き、送信ボタンにカーソルを合わせ、マウスの左ボタンに指を置く。
あの時は二人で押した、送信ボタン。しかし君は居らず、俺は一人。
その事実が胸を締め付け、指が止まってしまった。
また小説を書こうと思ったキッカケは三年前、赴任先が母校になったことだった。
懐かしい校舎、教室内、制服を着た生徒たち。そして当時の担任……、榎本先生まで居て、まあ今になって厳しい指導を受けることになった。
そんな空気感に触れたら嫌でも思い出す、過去の痛い自分。そんな人間を変えてくれたのは未来で、そんな彼女の優しさと強さを書きたい。
一度眠らせたはずの想いが、また駆け巡っていた。
しかし彼女の物語に訪れるのは死で、それを避けて書こうとすると、それは吉永未来の物語ではなくなる。
これは認めたくないが、吉永未来という人物を作り上げたのは間違いなく病だった。
幼少期からの辛い闘病生活があったからこそ、生きる強さ、人に対する優しさ、言い表せない儚さを抱えていた。
中学生の若さで死の運命を知ったからこそ、毎日を懸命に生き、勇気のある行動を取り、最期まで気高く生き抜いたのだろう。
どれほどの月日が経っても、俺は未来の死を受け入れられなかった。
彼女が死ぬ結末、それを書くのは耐えられない。あれだけ未来の話を書くと豪語してたくせに、情けないぐらいに。
そんな時に、親友に言われた。
「俺は名前を残してるのに、直樹は何やってるんだ? 書けないなら、発想を転換させろ」
かつて俺がアイツに言った言葉を、そのまま返されてしまった。
発想の展開?
吉永未来の物語ではなく、彼女に出会ったことにより人生が変わった男子高校生の物語。
確かに彼女は死んでしまったが、今でも俺の心の中では生きていて。ずっと彼女に対する「言語化出来ない想い」を抱いているからこそ、本当の意味で彼女の死を受け入れられていないのだろう。
だから、俺は書いた。
吉永未来と出会って、心救われた男子高校生の話を。今でも抱いている、彼女への想いを。
葬儀の場面から始まり、高校一年生の桜の木下での出会い。執筆についてとことん話し合い、具合が悪いのに走って追いかけてくれたこともあった。
文化祭は、荷物持ちを買って出てくれた。小春日和に屋外でクレープを食べて、おそらくこの時に俺は未来に心奪われたのだろうという結論に至った。
高校二年生の夏、くだらない八つ当たりで未来を傷付け、クリスマスの日に再会した。その時に彼女を支えると覚悟を決めた。
高校三年生の春、未来の最後の作品を応募し桜を見に行った。
梅雨の時期に危篤状態になったが、戻ってきてくれた。
秋に大賞受賞し、抱き締めあった。
最期は雪の日で、未来の書いた話を読んで別れを告げた。
そんな物語を最後まで書き切ってようやく分かったのは、俺は未来を愛していたということだった。
それが分かった途端、言語化出来なかった心情描写がスラスラと浮かんできて、空白ばかりだった原稿用紙がどんどんと埋れていった。
やっと完成した一つの物語だったが、そんなの他の人が見たらいくらでも抜け目が見つかる。
尖った心情が上手く描写出来ていない。
恋のライバルに対する嫉妬心が書けていない。
親友との喧嘩場面が弱い。互いに殴り合ったことをありのままに書くべきだ。
まだ彼女の死を完全に受け入れられていない。どこか避けてる。
そんな胸を抉ってくる、マジなアドバイスの数々。
いやあ、アイツの指導力はピカイチで、今時流行らない熱血教師とかやってんだからよ、人生何が起こるか本当に分からないもんだよな。
書いては直し、書いては消し、そんなことをしている間に季節は何度も巡り、とうとう修正ゼロを迎え、青春文学賞に送る日を迎えた。
カチッ。
彼女との思い出に手を添えられたような気がした俺は、そっと指先に力を入れる。
『確かに受付けました。』
表示された文面を、何度も何度も読み直した。
「やっと書けたよ」
写真を見つめて声を出した俺は、やさぐれでいた高校生の頃と随分変わっただろう。
だって、未来が居なくなって十年の月日が流れているのだから。
彼女の遺した単行本をパラパラと捲るとその音はあまりにも優しくて、辿り着くのは俺に向けたラストメッセージだった。
伝える気なんて、なかったんだな。
指を伸ばして、そっと引っ込める。
俺を縛り付けないために、俺のこれからの人生を考えて。
体調悪化により、誰にも、友達にも何も告げず学校を去った彼女。
常に相手を気遣い、わがままを通さなかった彼女の、最後に遺した気持ち。
言葉にしてはいけないと、その気持ちを伝えてはならないと、ここに遺していったのだろう。
まったく、彼女が言う通り、俺はニブイな。自分の気持ちにすら気付かなかったほどにな。
回転椅子より立ち上がり窓から空を見上げれば、いつの間にか雪は止み、漆黒の空に光るのは星々だった。
「未来は美しかったから、一番に輝くのが君かな?」
目を細めて眺める星々は本当に美しく、今にも流れてきそうだ。
「あと九十年頑張るから、待っててくれよ」
今、流れ星が通り過ぎたら、俺は間違いなくそう願うだろう。
待ち望んでいた音にスマホを置いてある机に駆け寄ると、そこには見慣れた名前があり。
『修正案なし。これでいけ!』
たった一文。だけどそれが、何よりも俺の心の中で温かく溶けていく。
俺はようやく未来の物語を描き切れたのだと、大きく息を吸って吐いた。
ノートパソコンを開けばそこには青春文学賞の公募画面が映し出され、久しぶりに応募ページに原稿を貼り付け、応募要項を一つずつ打ち込んでいく。
慌てるな、落ち着け。ここで失敗したら0次落ちになるぞ。
『君と綴る未来』
かつて未来に話したことを思い起こしつつ、一文一文を噛み締めながら、文字を打っていく。
ふうっと一息吐き、送信ボタンにカーソルを合わせ、マウスの左ボタンに指を置く。
あの時は二人で押した、送信ボタン。しかし君は居らず、俺は一人。
その事実が胸を締め付け、指が止まってしまった。
また小説を書こうと思ったキッカケは三年前、赴任先が母校になったことだった。
懐かしい校舎、教室内、制服を着た生徒たち。そして当時の担任……、榎本先生まで居て、まあ今になって厳しい指導を受けることになった。
そんな空気感に触れたら嫌でも思い出す、過去の痛い自分。そんな人間を変えてくれたのは未来で、そんな彼女の優しさと強さを書きたい。
一度眠らせたはずの想いが、また駆け巡っていた。
しかし彼女の物語に訪れるのは死で、それを避けて書こうとすると、それは吉永未来の物語ではなくなる。
これは認めたくないが、吉永未来という人物を作り上げたのは間違いなく病だった。
幼少期からの辛い闘病生活があったからこそ、生きる強さ、人に対する優しさ、言い表せない儚さを抱えていた。
中学生の若さで死の運命を知ったからこそ、毎日を懸命に生き、勇気のある行動を取り、最期まで気高く生き抜いたのだろう。
どれほどの月日が経っても、俺は未来の死を受け入れられなかった。
彼女が死ぬ結末、それを書くのは耐えられない。あれだけ未来の話を書くと豪語してたくせに、情けないぐらいに。
そんな時に、親友に言われた。
「俺は名前を残してるのに、直樹は何やってるんだ? 書けないなら、発想を転換させろ」
かつて俺がアイツに言った言葉を、そのまま返されてしまった。
発想の展開?
吉永未来の物語ではなく、彼女に出会ったことにより人生が変わった男子高校生の物語。
確かに彼女は死んでしまったが、今でも俺の心の中では生きていて。ずっと彼女に対する「言語化出来ない想い」を抱いているからこそ、本当の意味で彼女の死を受け入れられていないのだろう。
だから、俺は書いた。
吉永未来と出会って、心救われた男子高校生の話を。今でも抱いている、彼女への想いを。
葬儀の場面から始まり、高校一年生の桜の木下での出会い。執筆についてとことん話し合い、具合が悪いのに走って追いかけてくれたこともあった。
文化祭は、荷物持ちを買って出てくれた。小春日和に屋外でクレープを食べて、おそらくこの時に俺は未来に心奪われたのだろうという結論に至った。
高校二年生の夏、くだらない八つ当たりで未来を傷付け、クリスマスの日に再会した。その時に彼女を支えると覚悟を決めた。
高校三年生の春、未来の最後の作品を応募し桜を見に行った。
梅雨の時期に危篤状態になったが、戻ってきてくれた。
秋に大賞受賞し、抱き締めあった。
最期は雪の日で、未来の書いた話を読んで別れを告げた。
そんな物語を最後まで書き切ってようやく分かったのは、俺は未来を愛していたということだった。
それが分かった途端、言語化出来なかった心情描写がスラスラと浮かんできて、空白ばかりだった原稿用紙がどんどんと埋れていった。
やっと完成した一つの物語だったが、そんなの他の人が見たらいくらでも抜け目が見つかる。
尖った心情が上手く描写出来ていない。
恋のライバルに対する嫉妬心が書けていない。
親友との喧嘩場面が弱い。互いに殴り合ったことをありのままに書くべきだ。
まだ彼女の死を完全に受け入れられていない。どこか避けてる。
そんな胸を抉ってくる、マジなアドバイスの数々。
いやあ、アイツの指導力はピカイチで、今時流行らない熱血教師とかやってんだからよ、人生何が起こるか本当に分からないもんだよな。
書いては直し、書いては消し、そんなことをしている間に季節は何度も巡り、とうとう修正ゼロを迎え、青春文学賞に送る日を迎えた。
カチッ。
彼女との思い出に手を添えられたような気がした俺は、そっと指先に力を入れる。
『確かに受付けました。』
表示された文面を、何度も何度も読み直した。
「やっと書けたよ」
写真を見つめて声を出した俺は、やさぐれでいた高校生の頃と随分変わっただろう。
だって、未来が居なくなって十年の月日が流れているのだから。
彼女の遺した単行本をパラパラと捲るとその音はあまりにも優しくて、辿り着くのは俺に向けたラストメッセージだった。
伝える気なんて、なかったんだな。
指を伸ばして、そっと引っ込める。
俺を縛り付けないために、俺のこれからの人生を考えて。
体調悪化により、誰にも、友達にも何も告げず学校を去った彼女。
常に相手を気遣い、わがままを通さなかった彼女の、最後に遺した気持ち。
言葉にしてはいけないと、その気持ちを伝えてはならないと、ここに遺していったのだろう。
まったく、彼女が言う通り、俺はニブイな。自分の気持ちにすら気付かなかったほどにな。
回転椅子より立ち上がり窓から空を見上げれば、いつの間にか雪は止み、漆黒の空に光るのは星々だった。
「未来は美しかったから、一番に輝くのが君かな?」
目を細めて眺める星々は本当に美しく、今にも流れてきそうだ。
「あと九十年頑張るから、待っててくれよ」
今、流れ星が通り過ぎたら、俺は間違いなくそう願うだろう。



