***
「おはよう二人とも。彰人くん、ちゃんと眠れたかしら」
リビングで朝ごはんを作って待っていてくれた母親はうふふと口元に手を当てながら嬉しそうに笑った。息子の友達が泊まったことがよほど嬉しかったんだろう。瀬野くんは笑顔で「はい、もうぐっすり眠れました」と答えながら椅子に座っていた。俺も瀬野くんの隣に腰掛ける。
今日の朝ごはんは昨日の味噌汁にご飯に玉子焼きに焼き鮭にちょっとした漬物に……。
「豪華ですね! 美味しそう」
「いえいえ、これくらい普通よ〜! お口に合うと良いんだけど……」
母は「普通よ〜」なんて言っているが、俺からするとこの朝ごはんは全然豪華である。いつもはパンにジャムを塗って、フルーツにヨーグルトというよくある洋食の朝ごはんなのだ。
――お母さん、張り切りすぎ……。
ルンルンで仕事の用意をしに行った母親に少々呆れつつ、あまりゆっくりしていると本気で遅刻してしまうので目の前の食事に集中する。
いつもより少し準備が遅れ気味なのは主に瀬野くんの目覚めが悪かったのと、俺の着替えが遅かったせいだ。
――ということは、総じて瀬野くんのせいか。
俺の着替えが遅かったのも、瀬野くんがガン見してきたせいだ。心の中で勝手に全ての責任を瀬野くんに丸投げしていると、鮭を食べていたはずの瀬野くんがパッと顔を上げてこちらを見る。
「今、俺になんか失礼なこと考えたでしょ」
――なぜバレた!?
瀬野くんはエスパーなのだろうか? なぜ俺が考えていたことがわかったのだろう。驚きのあまり口をあんぐり開けて固まっていると、俺の間抜け面がよほど面白かったのか瀬野くんは机に突っ伏して「くっ……! ふはは」と笑い出した。人の顔で笑うなんて、そっちこそ失礼な。ちょっと自分の顔がいいからって!
未だに笑っている瀬野くんを無視して味噌汁を啜ると、それに気づいた瀬野くんが
「あーごめんて! そんな可愛い顔して拗ねないで」
なんて、笑いすぎで涙目になりながら言ってきた。
――……はぁ!?
「そ、そそそんな顔、し……てない、です……!」
「はいはい、可愛い可愛い」
――聞・い・て・る・か?
俺の顔を見ながら目尻を下げて微笑んでいる瀬野くんがよくわからない。この人、実は目が悪いのか?
その後も何故か「可愛い」を連呼されながら、なんとか朝ご飯を食べ終えた。
両親がリビングに居なくて良かったと、心の底から安堵した。
その後は二人で顔洗って、歯磨きして、髪のセットをした。準備万端である。
鏡の前で最終チェックをしていると、後ろにいた瀬野くんに「ここ跳ねてるよ」と指差される。
「え? ど、どこ……?」
「ここ――って、真後ろだから原田からは見えねえかも。ちょっとジッとしてて」
言われた通りジッと立っていると、瀬野くんは洗面台に置いていたオイルを手に取り俺の髪を整え始めた。
「……うん、これでよし! 可愛い」
「ありがと」
――また「可愛い」かよ……。
「かっこいい」の方が嬉しいんだけどなーなんて思いつつ、髪をセットしてくれたので素直にお礼を言う。それを聞いて瀬野くんは満足そうに笑った。
玄関を出ようとすると母親が俺たちを呼び止める。
「二人とも! お弁当作ったから持っていきなさい」
素直に受け取る俺の隣で、瀬野くんは目を丸くして突っ立っていた。何をそんなに驚いてるんだ?
「いえ、あの……わざわざ俺の分までありがとうございます」
「良いのよ〜! 二つも三つも変わらないんだから!」
ほら、早く行ってらっしゃいと母親に背中を押される。母親の大きな声が聞こえたのか、上で仕事の準備していた父親もわざわざ降りてきて階段から「気をつけるんだぞ〜!」と声を上げる。
瀬野くんの前でそんな大声出すの恥ずかしいからやめてくれと思いつつも、嬉しかったので素直に「行ってきます」と手を振って玄関を出た。
「……御両親、明るくて良い人達だな」
外に出てすぐ隣から聞こえた小さな呟きには、どこか哀愁と憧憬が滲んでいた。
ここから駅に行くまでが大変だった。
そもそもこんな田舎町に客なんてほとんど来ないので、知らない人はまあ目立つ。それに加え瀬野くんのこの顔だ。少し歩いただけでも色々な人に話しかけられる。
「あら優ちゃん! おはよう。お隣のイケメンは誰!?」
「おお、優輝! 高校の友達でも連れてきたのか」
「ちょっと優くん! 隣のイケメン紹介して!」
近所の商店街のおばちゃん、駅でいつも一緒になるおじさん、朝練に向かう途中の女子中学生――。
とにかく、色々な人に瀬野くんの事をツッコまれる。そして、当の本人である瀬野くんも話しかけられる度ににっこりと笑って丁寧に会話を始めるため、まあなかなか駅に辿り着かない。
「もう! 遅刻するから俺らもう行くから!」
乗らないといけない電車が到着したため、駅のホームで女子高校生達に捕まっていた瀬野くんの腕を掴んで走る。
「うぇっ!? ちょ、原田!?」
「あー! 優輝ぃ〜! もうちょっと待ってよ〜」
「瀬野くーん! また来てね〜」
女子高校生達は不満げな声を上げるが、こちらも遅刻したら洒落にならないのだ。
なんとか電車に乗り込むと、瀬野くんの腕をずっとつかんでいたことに気づく。
「あ、ああああの、ご、ごめん……」
「いや、全然良いよ」
――全然良いようには見えないんですが?
さっきまで人好きする笑顔で話していたとは思えないくらい、ムスッとどこか拗ねているようにも見える。
「その、お、怒ってる……?」
「怒ってはない」
怒って『は』ということは、やっぱり怒ってるんじゃないか。たしかに、話しているところに急に腕を引っ張って走らせるなんて失礼極まりない。やってしまったと反省しながら瀬野くんの腕から手を離すと、何故か眉をひそめて更に機嫌が悪くなった気がする。
「あ、あの……」
「……なんで手離すの?」
「いや……だ、だって」
――なんでって、瀬野くんが怒ったからじゃん。
瀬野くんがどうして更に機嫌が悪くなったのか全くわからない。勝手に腕掴んだから怒ってたんじゃないの? ちゃんと離したじゃん。
一体何が瀬野くんの逆鱗に触れたのか、俺には全く分からなかった。
田舎の朝は過酷だ。数本しか出ない朝の電車に町の人皆が一斉に乗り込むため、いつだって満員なのだ。なんなら、朝だけならこちらの方が人口密度多いんじゃないかと思う。
つまり何が言いたいのかと言うと、瀬野くんから離れられないということだ。
怒らせてしまったことが恥ずかしくて、申し訳なくて、出来れば逃げてしまいたかった。けれど満員電車の中で身動きなんて取れるはずもなく、瀬野くんの隣にピッタリとくっついていることしか出来なかった。
――うぅ、逃げたい。せめて穴に潜りたい……。
合わせる顔なんてなくて、俺はそっと瀬野くんに背を向けた。
最初は隣にいたのに人の出入りの移動でいつの間にか俺の後ろに立っていた瀬野くんは、俺の両肩を掴みそっと支えてくれていた。何度か電車の揺れで倒れそうになった時も、彼が背もたれになってくれた。
こんな時でも優しくしてくれる彼に思わず泣きそうになった。この時俺は改めて瀬野くんのモテる理由を再確認したのだった。
「おはよう二人とも。彰人くん、ちゃんと眠れたかしら」
リビングで朝ごはんを作って待っていてくれた母親はうふふと口元に手を当てながら嬉しそうに笑った。息子の友達が泊まったことがよほど嬉しかったんだろう。瀬野くんは笑顔で「はい、もうぐっすり眠れました」と答えながら椅子に座っていた。俺も瀬野くんの隣に腰掛ける。
今日の朝ごはんは昨日の味噌汁にご飯に玉子焼きに焼き鮭にちょっとした漬物に……。
「豪華ですね! 美味しそう」
「いえいえ、これくらい普通よ〜! お口に合うと良いんだけど……」
母は「普通よ〜」なんて言っているが、俺からするとこの朝ごはんは全然豪華である。いつもはパンにジャムを塗って、フルーツにヨーグルトというよくある洋食の朝ごはんなのだ。
――お母さん、張り切りすぎ……。
ルンルンで仕事の用意をしに行った母親に少々呆れつつ、あまりゆっくりしていると本気で遅刻してしまうので目の前の食事に集中する。
いつもより少し準備が遅れ気味なのは主に瀬野くんの目覚めが悪かったのと、俺の着替えが遅かったせいだ。
――ということは、総じて瀬野くんのせいか。
俺の着替えが遅かったのも、瀬野くんがガン見してきたせいだ。心の中で勝手に全ての責任を瀬野くんに丸投げしていると、鮭を食べていたはずの瀬野くんがパッと顔を上げてこちらを見る。
「今、俺になんか失礼なこと考えたでしょ」
――なぜバレた!?
瀬野くんはエスパーなのだろうか? なぜ俺が考えていたことがわかったのだろう。驚きのあまり口をあんぐり開けて固まっていると、俺の間抜け面がよほど面白かったのか瀬野くんは机に突っ伏して「くっ……! ふはは」と笑い出した。人の顔で笑うなんて、そっちこそ失礼な。ちょっと自分の顔がいいからって!
未だに笑っている瀬野くんを無視して味噌汁を啜ると、それに気づいた瀬野くんが
「あーごめんて! そんな可愛い顔して拗ねないで」
なんて、笑いすぎで涙目になりながら言ってきた。
――……はぁ!?
「そ、そそそんな顔、し……てない、です……!」
「はいはい、可愛い可愛い」
――聞・い・て・る・か?
俺の顔を見ながら目尻を下げて微笑んでいる瀬野くんがよくわからない。この人、実は目が悪いのか?
その後も何故か「可愛い」を連呼されながら、なんとか朝ご飯を食べ終えた。
両親がリビングに居なくて良かったと、心の底から安堵した。
その後は二人で顔洗って、歯磨きして、髪のセットをした。準備万端である。
鏡の前で最終チェックをしていると、後ろにいた瀬野くんに「ここ跳ねてるよ」と指差される。
「え? ど、どこ……?」
「ここ――って、真後ろだから原田からは見えねえかも。ちょっとジッとしてて」
言われた通りジッと立っていると、瀬野くんは洗面台に置いていたオイルを手に取り俺の髪を整え始めた。
「……うん、これでよし! 可愛い」
「ありがと」
――また「可愛い」かよ……。
「かっこいい」の方が嬉しいんだけどなーなんて思いつつ、髪をセットしてくれたので素直にお礼を言う。それを聞いて瀬野くんは満足そうに笑った。
玄関を出ようとすると母親が俺たちを呼び止める。
「二人とも! お弁当作ったから持っていきなさい」
素直に受け取る俺の隣で、瀬野くんは目を丸くして突っ立っていた。何をそんなに驚いてるんだ?
「いえ、あの……わざわざ俺の分までありがとうございます」
「良いのよ〜! 二つも三つも変わらないんだから!」
ほら、早く行ってらっしゃいと母親に背中を押される。母親の大きな声が聞こえたのか、上で仕事の準備していた父親もわざわざ降りてきて階段から「気をつけるんだぞ〜!」と声を上げる。
瀬野くんの前でそんな大声出すの恥ずかしいからやめてくれと思いつつも、嬉しかったので素直に「行ってきます」と手を振って玄関を出た。
「……御両親、明るくて良い人達だな」
外に出てすぐ隣から聞こえた小さな呟きには、どこか哀愁と憧憬が滲んでいた。
ここから駅に行くまでが大変だった。
そもそもこんな田舎町に客なんてほとんど来ないので、知らない人はまあ目立つ。それに加え瀬野くんのこの顔だ。少し歩いただけでも色々な人に話しかけられる。
「あら優ちゃん! おはよう。お隣のイケメンは誰!?」
「おお、優輝! 高校の友達でも連れてきたのか」
「ちょっと優くん! 隣のイケメン紹介して!」
近所の商店街のおばちゃん、駅でいつも一緒になるおじさん、朝練に向かう途中の女子中学生――。
とにかく、色々な人に瀬野くんの事をツッコまれる。そして、当の本人である瀬野くんも話しかけられる度ににっこりと笑って丁寧に会話を始めるため、まあなかなか駅に辿り着かない。
「もう! 遅刻するから俺らもう行くから!」
乗らないといけない電車が到着したため、駅のホームで女子高校生達に捕まっていた瀬野くんの腕を掴んで走る。
「うぇっ!? ちょ、原田!?」
「あー! 優輝ぃ〜! もうちょっと待ってよ〜」
「瀬野くーん! また来てね〜」
女子高校生達は不満げな声を上げるが、こちらも遅刻したら洒落にならないのだ。
なんとか電車に乗り込むと、瀬野くんの腕をずっとつかんでいたことに気づく。
「あ、ああああの、ご、ごめん……」
「いや、全然良いよ」
――全然良いようには見えないんですが?
さっきまで人好きする笑顔で話していたとは思えないくらい、ムスッとどこか拗ねているようにも見える。
「その、お、怒ってる……?」
「怒ってはない」
怒って『は』ということは、やっぱり怒ってるんじゃないか。たしかに、話しているところに急に腕を引っ張って走らせるなんて失礼極まりない。やってしまったと反省しながら瀬野くんの腕から手を離すと、何故か眉をひそめて更に機嫌が悪くなった気がする。
「あ、あの……」
「……なんで手離すの?」
「いや……だ、だって」
――なんでって、瀬野くんが怒ったからじゃん。
瀬野くんがどうして更に機嫌が悪くなったのか全くわからない。勝手に腕掴んだから怒ってたんじゃないの? ちゃんと離したじゃん。
一体何が瀬野くんの逆鱗に触れたのか、俺には全く分からなかった。
田舎の朝は過酷だ。数本しか出ない朝の電車に町の人皆が一斉に乗り込むため、いつだって満員なのだ。なんなら、朝だけならこちらの方が人口密度多いんじゃないかと思う。
つまり何が言いたいのかと言うと、瀬野くんから離れられないということだ。
怒らせてしまったことが恥ずかしくて、申し訳なくて、出来れば逃げてしまいたかった。けれど満員電車の中で身動きなんて取れるはずもなく、瀬野くんの隣にピッタリとくっついていることしか出来なかった。
――うぅ、逃げたい。せめて穴に潜りたい……。
合わせる顔なんてなくて、俺はそっと瀬野くんに背を向けた。
最初は隣にいたのに人の出入りの移動でいつの間にか俺の後ろに立っていた瀬野くんは、俺の両肩を掴みそっと支えてくれていた。何度か電車の揺れで倒れそうになった時も、彼が背もたれになってくれた。
こんな時でも優しくしてくれる彼に思わず泣きそうになった。この時俺は改めて瀬野くんのモテる理由を再確認したのだった。

