***
「優ちゃん! 何やってるのー?」
レジ横の机にノートを広げうんうんと唸っていると、おさげとポニーテールをした女の子二人がぴょこっとノートを覗き込んできた。
「これ? 宿題だよ」
「うわ〜! 難しそうだね」
「すごーい!」
小学生の二人には高校の問題がよほど難しく見えたのだろう。凄い凄いと手放しに褒めてくれる。
「はいはい、お会計するからカゴ貸して」
「「はーい!」」
カゴの中にある商品の値段を電卓で計算していると、入り口から赤い光が一筋差し込んできてまぶしい。
――もうこんな時間か。
ここのお客さんは小学生が多いので、もう少ししたら客入りがグンと減るだろう。
「はい、毎度あり。気をつけて帰るんだよ」
「はーい!」
「優ちゃんありがと!」
入り口までお菓子を持っていってあげる。しゃがんで二人と話していると、上からすっと影が現れる。大きさ的に大人かなと思いながら見上げると、そこには制服を来た青年が立っていた。
「いらっしゃいま、せ……」
「――あれ、原田?」
その声に、ドキリと心臓が震える。違う、いるはずがない。ここが学校からどれだけ離れていると思っているんだ。こんなところに、彼が来るはずがないのだ。
でも、夕焼けに反射してキラキラと輝く金髪も、美しい顔も、どこからどう見ても『彼』でしかなくて……。
「せ、瀬野くん……?」
「やっぱり原田じゃん。偶然だな」
彼……瀬野彰人は、何故か学校から二時間以上かかる田舎町の駄菓子屋にやってきた。
***
「かっこいい! 王子様みたい!」
「ありがとう。二人もとっても可愛いね、お姫様みたい」
王子様スマイルで微笑まれた二人は顔を真っ赤にしてモジモジと照れている。
おい、小学生を口説くな。まあ、王子様みたいにかっこいいのは同意するが……。急に瀬野くんが現れて驚きで固まっている中、当の本人は二人と仲良く会話していた。
「二人とも、お名前は?」
「香織!」
「紗彩!」
「おさげの君が香織ちゃんで、ポニーテールの君が紗彩ちゃんね。うん、覚えた。俺は瀬野彰人、好きなように呼んでね」
「じゃあ彰人くん!」
二人……香織と紗彩はすっかり彼の虜らしい。流石は瀬野くんだ。
「彰人くん、優ちゃんと同じ服着てるね!」
「お友達?」
紗彩と香織の言葉にドキリとする。
俺はバイト中わざわざ着替えたりしないので制服のままだ。そして、学校帰りにそのままここに来たらしい瀬野くんも俺と同じ白いブレザーの制服で、俺と同じ学校指定バッグを肩にかけていた。同じ学校に通っていることは一目瞭然だろう。
俺と瀬野くんは同じクラスではあるが、会話したことは一切ない。なんなら今日初めて話したのだ。さっきのが会話と言えるのかわからないが……。ともかく、香織の質問になんて答えようかと俺があわあわしていると、瀬野くんはしゃがんで二人と目線を合わせ微笑んだ。
「うん、そう。俺と原田……優ちゃんは友達なんだ。同じクラスなんだよ」
――な、何を言い出すんだこの人は……!?
香織と紗彩は「お友達なんだー!」「優ちゃんこんなイケメンなお友達いるなら言ってよ〜」なんて言っているが、違う。俺と瀬野くんは友達なんかじゃない。
そもそも、住んでる世界が違う人だ。瀬野くんが陽キャなら、俺は陰キャ。瀬野くんがスクールカーストの最上位なら、俺は最下層。俺なんかとは決して交わることのない人なのだ。それなのになんで急に、友達だなんて嘘をついたんだ……!?
二人にどう弁明しようか考えていると、紗彩が駄菓子屋内の時計を見て「あ!」と声を上げた。
「そろそろ帰らないと、お母さんに怒られちゃう!」
「本当だ! 優ちゃん、彰人くんバイバーイ」
「ちょ、ちょっと待って――」
「バイバイ二人とも、気をつけてね」
やめてくれ、この状態で俺と瀬野くんを二人きりにしないで。
でもって瀬野くんはナチュラルに馴染みすぎ。なんで普通に手振って見送ってるんだよ。クソ、陽キャめ……。
そんな醜い嫉妬を滲ませつつ瀬野くんを見ていると、急に立ち上がってこちらを見つめてくる。
なに? なんで瀬野くんにこんなジッと見られてるわけ……? 俺がガン見してたのバレてた?
瀬野くんはゆっくりこちらへ近づいてくる。何を言われるのかと身構えていると、瀬野くんは綺麗な顔でにっこりと微笑みこう言った。
「原田、ラムネ売ってる?」
……なんて? ラムネ?
「そ、そそそそそそれは、その、えっと……」
――違う、慌てるな俺!
お菓子のラムネなのか炭酸のラムネなのか聞きたいだけなのに、ほとんど話したことのない瀬野くんに緊張し、どうしても普通に話せない。さっきまで紗彩と香織とは普通に会話出来てたのに……。
慌てた俺は棚と冷蔵庫からラムネとラムネ瓶を取ってきて瀬野くんに差し出した。さぁ、どっちだ!?
瀬野くんは一瞬呆気にとられた表情をした後、プッと吹き出して「こっち」とラムネ瓶を指さした。
「え、えっとその……八十円、です……」
「はーい。あ、ぴったりないわ」
ごめんと言いながら百円玉を渡されたので、無言で頭を下げ二十円のお釣りを渡す。ごめんなさい、これ以上はキャパオーバーです。もう一言も話せません。
買ったらそのまま帰るのかと思いきや、瀬野くんは駄菓子屋内にある小さな椅子に座ってラムネを飲みだした。そして、隣にもう一つ椅子を置きトントンと叩く。
「原田も座りなよ。ちょっと話そ」
『無理ぃぃぃ!』と内心叫びつつも、「話そう」と言ってくれた事が嬉しくて、ついつい瀬野くんに用意された椅子に座ってしまった。
「原田はここで何してるの?」
「あの、えっとそのあの……」
「バイト?」
「う、うん……」
「へえ〜、そっか」
「うん……」
なんとか相槌は打ててるが、俺が話せないため会話が全く広がらない。これ以上瀬野くんを付き合わせるのは申し訳なくて、もう仕事に戻ろうと立ち上がると、なぜか瀬野くんに手首を強く掴まれた。
「っ……! え、えっと……」
「あ、ごめん! つい……。でも、原田が悪いんだからな。話そうって言ったのに、勝手にどっか行こうとするから」
――え? いやいや、俺なんかと話してても面白くないだろ。てか、さっきも全然会話できてなかったし……。
なんとか逃げようとするも、瀬野くんがグイグイと手首を引っ張るため、結局椅子に逆戻りさせられてしまった。
といっても、座り直したところでまたさっきの様に話が広がらず気まずくなるだけで……。居た堪れなくなっていると、瀬野くんがポンと手を叩き「そうだ!」と叫んだ。
「話せないならさ、メールしない? それなら原田も会話できるだろ?」
いや、そこまでして会話したいか? とは思ったが、正直めちゃくちゃ嬉しかった。ここまで寄り添って考えてくれた人は、生まれて初めてだ。
瀬野くんの提案にコクリと頷くと、彼は嬉しそうに笑って「よっしゃ!」と拳を握った。何がそんなに嬉しいのかはわからなかったが、俺とメールするだけでそんなに喜んでもらえるのは素直に嬉しい。
友達と連絡交換なんて生まれて初めてで少々手間取ったが、なんとか瀬野くんの連絡先を登録することができた。
すぐにピコンと通知がなったのでスマホを見ると、瀬野くんから『よろしく!』と可愛い熊のスタンプが送られてきた。こちらも持っていた猫のスタンプで『よろしくお願いします』と返信する。
そこからは、メールでやり取りをした。
『原田はいつからここでバイトしてるの?』
『高校に入学してからだから、一週間前からかな。ここ俺のおばあちゃん家で、お手伝いも兼ねて』
『へ〜! じゃあ、今もおばあさんいるの?』
『うん。今は上でご飯作ってると思う』
『そうなんだ! 会ってみたいな。てか原田の地元ここ?』
『うん』
『学校から遠くね?』
『これでも近い方だよ』
『マジか!?』
『うん。もっと遠くの学校まで行ってる子も居るし』
『スゲェな……』
思っていたよりすんなり会話ができて自分でも驚いた。まさかこんな方法があったとは……。いや、初対面からこれは結構失礼だから普段使いは出来ないけど。
それでも、初めて同学年の子とこんなに沢山会話ができて、嬉しかった。体の奥がジンと熱くなって、心臓がドキドキと高鳴っているのがわかる。
メールでの会話は楽しくてあっという間に時間は過ぎ、外は真っ暗になった。
駄菓子屋『ゆうやけ』の閉店時間になったため、上にいるおばあちゃんに一言声をかけ帰路についた。
「なあ、原田。一つだけ、聞きたいことがあるんだけど……」
店のシャッターを閉めていると、後ろから真剣な声が聞こえ振り返る。そこには、少し緊張した面持ちの瀬野くんが立っていた。
またメールで会話しようと思いスマホを取り出すと、「原田の口から聞きたいんだ」と瀬野くんに制止される。
え、何? 教室でたまにチラリと遠くから見るだけだが、それでもここまで真剣で緊張している瀬野くんは見たことがなかった。怖くてぎゅっと手を握る。
「なんで俺には、あの子達みたいにしてくれないの?」
「…………へ?」
『あの子達』……は、たぶん香織と紗彩の事だろう。
でも、なんで急にその二人が出てきたのかがわからない。
「あの子達とは、普通に会話出来てたよね?」
「あ……」
……なるほど、そういうことか。なんであの二人とは普通に話せて、自分とは全く会話が出来ないのか、瀬野くんも気になったのだろう。
答えは簡単だ。
「そ、その……ななな、慣れて、ない……ので……」
「慣れる? 接客に?」
「い、いえ、そそその……ええっと、瀬野くん、に……」
……もしかしなくても、俺今めちゃくちゃ失礼な事言ったよな?
瀬野くんの制止を振り切り慌ててスマホを取り出し、メールで詳しく説明する。
『話慣れてない人と会話しようとすると、緊張と焦りで何も言えなくなっちゃうんです。俺、人見知りでコミュ障だから……。香織と紗彩は二人が赤ちゃんの頃から知ってるので普通に話せるんですが、瀬野くんはまだ話慣れてないので緊張で普通に話せないんです。すみません』
俺の必死の弁明文をジッと読んでいる瀬野くん。
短い文だから読むのにそれほど時間はかかってない筈だが、俺にはとてつもなく長く感じた。
まるで、判決を言い渡される被告人のような気持ちになりながら瀬野くんが話し出すのを待っていた。
「……じゃあ、俺に慣れてもらえばいいんだ」
「え?」
瀬野くんが何か言ったようだが、小さな声だったのでよく聞こえなかった。何を言ったのか聞こうとスマホに文章を打ち込んでいると、ズンズンと瀬野くんがこちらに近づいてくる。
思わず後ずさるが後ろはシャッター、すぐに追い詰められてしまった。そして、瀬野くんは俺の顔の横にバンッと手を置く。夜のシンとした空間に、シャッターの『ガシャン』という音は嫌なほど周りに響いた。
――な、なんで俺、瀬野くんに壁ドンされてるの……!?
驚いて目を見開く俺を、瀬野くんはニッコリ笑って見つめていた。その笑顔は獲物を逃さない獣のようで、なんだかちょっとだけ怖かった。美人はどんな顔でも無駄に迫力があるのだ。
瀬野くんは未だに驚きで固まって動けない俺に語りかけた。
「原田、慣れたら俺にも普通に話してくれるんだよね?」
「え……? う、うん……」
それはそうなので素直に頷く。慣れさえすれば瀬野くんとも普通に話せるはずだ。それがどれくらいかかるのかはわからないが。
「じゃあ、俺に慣れて?」
「…………はい?」
思わず聞き返してしまった俺を詰め寄る瀬野くん。近い、めちゃくちゃ近い……!
「慣れたら普通に会話できるんでしょ? じゃあ俺に慣れて。俺も原田と会話したい」
それだけ言って満足したのか、瀬野くんは「じゃあ俺そろそろ帰るわ」と背を向けて歩き出した。
それを見送っていると、俺はある重大な失敗に気付いてしまった。
「ま、待って……!」
俺が話しかけたのに驚いたのか、瀬野くんは足を止めこちらを振り返った。
その間に急いでメールを送る。
『なにで帰るつもりですか?』
「なにって……電車だけど?」
至極当たり前のように言う彼に返信を打ち込み、またメールを送る。
『もう終電終わりました……』
「…………は?」
驚きで固まっている瀬野くん。それはそうだろう。都会に住んでる人にとっては電車は夜中まで当たり前に通っているものだ。
しかし、ここはド田舎。そんな都会の常識は通用しない。
『終電八時なんです。言い忘れててごめんなさい』
現在の時刻八時四十分、とっくに出発している。
「じ、じゃあ、俺タクシー呼んで帰るわ!」
タクシーアプリを開いているであろう彼に、もう一つ残酷な真実を突きつける。
『ここ、タクシーアプリ非対応地です。呼んでも来ません』
「…………は?」
『なんならウーバー〇ーツも届きません』
「嘘だろ!? 今どきそんなとこあるかよ!」
あるんだな、それが。浜辺町は、海と山に囲まれた正真正銘のド田舎。都会からここに来るまで一山を越えないといけないため、タクシーもウーバー〇ーツも来ない。ちなみにバスも八時半で終電だ。
つまり、
「俺、帰れないってことか?」
絶望した表情の瀬野くんにごめんと頭を下げる。これに関しては完全にこちらの落ち度だ。終電が早いことはわかっていたのに、瀬野くんとの会話が楽しくてつい時間を忘れてしまった。本来なら終電前に帰さないといけなかったのに。
このままだと瀬野くんに申し訳ない。だから、
『一つ、提案なのですが……』
「…………は?」
もはや聞き慣れてきた瀬野くんの驚く声を聞きながら、彼の返事を待った。
***
「まあぁぁ! いらっしゃい瀬野くん!」
「ゆっくりしていくんだぞ!」
「おじゃまします」
息子が高校の友達を家に連れてきたと大喜びの両親に思わず頭を抱える。流石にテンション上がりすぎだ……。まあ友達を家に連れてくるのなんて初めてだから、仕方ないかなと思いつつ。
俺の隣で瀬野くんは少し緊張した面持ちで両親にペコリと頭を下げていた。
『一つ、提案なのですが。よければ今日、俺の家に泊まりませんか?』
「優ちゃん! 何やってるのー?」
レジ横の机にノートを広げうんうんと唸っていると、おさげとポニーテールをした女の子二人がぴょこっとノートを覗き込んできた。
「これ? 宿題だよ」
「うわ〜! 難しそうだね」
「すごーい!」
小学生の二人には高校の問題がよほど難しく見えたのだろう。凄い凄いと手放しに褒めてくれる。
「はいはい、お会計するからカゴ貸して」
「「はーい!」」
カゴの中にある商品の値段を電卓で計算していると、入り口から赤い光が一筋差し込んできてまぶしい。
――もうこんな時間か。
ここのお客さんは小学生が多いので、もう少ししたら客入りがグンと減るだろう。
「はい、毎度あり。気をつけて帰るんだよ」
「はーい!」
「優ちゃんありがと!」
入り口までお菓子を持っていってあげる。しゃがんで二人と話していると、上からすっと影が現れる。大きさ的に大人かなと思いながら見上げると、そこには制服を来た青年が立っていた。
「いらっしゃいま、せ……」
「――あれ、原田?」
その声に、ドキリと心臓が震える。違う、いるはずがない。ここが学校からどれだけ離れていると思っているんだ。こんなところに、彼が来るはずがないのだ。
でも、夕焼けに反射してキラキラと輝く金髪も、美しい顔も、どこからどう見ても『彼』でしかなくて……。
「せ、瀬野くん……?」
「やっぱり原田じゃん。偶然だな」
彼……瀬野彰人は、何故か学校から二時間以上かかる田舎町の駄菓子屋にやってきた。
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「かっこいい! 王子様みたい!」
「ありがとう。二人もとっても可愛いね、お姫様みたい」
王子様スマイルで微笑まれた二人は顔を真っ赤にしてモジモジと照れている。
おい、小学生を口説くな。まあ、王子様みたいにかっこいいのは同意するが……。急に瀬野くんが現れて驚きで固まっている中、当の本人は二人と仲良く会話していた。
「二人とも、お名前は?」
「香織!」
「紗彩!」
「おさげの君が香織ちゃんで、ポニーテールの君が紗彩ちゃんね。うん、覚えた。俺は瀬野彰人、好きなように呼んでね」
「じゃあ彰人くん!」
二人……香織と紗彩はすっかり彼の虜らしい。流石は瀬野くんだ。
「彰人くん、優ちゃんと同じ服着てるね!」
「お友達?」
紗彩と香織の言葉にドキリとする。
俺はバイト中わざわざ着替えたりしないので制服のままだ。そして、学校帰りにそのままここに来たらしい瀬野くんも俺と同じ白いブレザーの制服で、俺と同じ学校指定バッグを肩にかけていた。同じ学校に通っていることは一目瞭然だろう。
俺と瀬野くんは同じクラスではあるが、会話したことは一切ない。なんなら今日初めて話したのだ。さっきのが会話と言えるのかわからないが……。ともかく、香織の質問になんて答えようかと俺があわあわしていると、瀬野くんはしゃがんで二人と目線を合わせ微笑んだ。
「うん、そう。俺と原田……優ちゃんは友達なんだ。同じクラスなんだよ」
――な、何を言い出すんだこの人は……!?
香織と紗彩は「お友達なんだー!」「優ちゃんこんなイケメンなお友達いるなら言ってよ〜」なんて言っているが、違う。俺と瀬野くんは友達なんかじゃない。
そもそも、住んでる世界が違う人だ。瀬野くんが陽キャなら、俺は陰キャ。瀬野くんがスクールカーストの最上位なら、俺は最下層。俺なんかとは決して交わることのない人なのだ。それなのになんで急に、友達だなんて嘘をついたんだ……!?
二人にどう弁明しようか考えていると、紗彩が駄菓子屋内の時計を見て「あ!」と声を上げた。
「そろそろ帰らないと、お母さんに怒られちゃう!」
「本当だ! 優ちゃん、彰人くんバイバーイ」
「ちょ、ちょっと待って――」
「バイバイ二人とも、気をつけてね」
やめてくれ、この状態で俺と瀬野くんを二人きりにしないで。
でもって瀬野くんはナチュラルに馴染みすぎ。なんで普通に手振って見送ってるんだよ。クソ、陽キャめ……。
そんな醜い嫉妬を滲ませつつ瀬野くんを見ていると、急に立ち上がってこちらを見つめてくる。
なに? なんで瀬野くんにこんなジッと見られてるわけ……? 俺がガン見してたのバレてた?
瀬野くんはゆっくりこちらへ近づいてくる。何を言われるのかと身構えていると、瀬野くんは綺麗な顔でにっこりと微笑みこう言った。
「原田、ラムネ売ってる?」
……なんて? ラムネ?
「そ、そそそそそそれは、その、えっと……」
――違う、慌てるな俺!
お菓子のラムネなのか炭酸のラムネなのか聞きたいだけなのに、ほとんど話したことのない瀬野くんに緊張し、どうしても普通に話せない。さっきまで紗彩と香織とは普通に会話出来てたのに……。
慌てた俺は棚と冷蔵庫からラムネとラムネ瓶を取ってきて瀬野くんに差し出した。さぁ、どっちだ!?
瀬野くんは一瞬呆気にとられた表情をした後、プッと吹き出して「こっち」とラムネ瓶を指さした。
「え、えっとその……八十円、です……」
「はーい。あ、ぴったりないわ」
ごめんと言いながら百円玉を渡されたので、無言で頭を下げ二十円のお釣りを渡す。ごめんなさい、これ以上はキャパオーバーです。もう一言も話せません。
買ったらそのまま帰るのかと思いきや、瀬野くんは駄菓子屋内にある小さな椅子に座ってラムネを飲みだした。そして、隣にもう一つ椅子を置きトントンと叩く。
「原田も座りなよ。ちょっと話そ」
『無理ぃぃぃ!』と内心叫びつつも、「話そう」と言ってくれた事が嬉しくて、ついつい瀬野くんに用意された椅子に座ってしまった。
「原田はここで何してるの?」
「あの、えっとそのあの……」
「バイト?」
「う、うん……」
「へえ〜、そっか」
「うん……」
なんとか相槌は打ててるが、俺が話せないため会話が全く広がらない。これ以上瀬野くんを付き合わせるのは申し訳なくて、もう仕事に戻ろうと立ち上がると、なぜか瀬野くんに手首を強く掴まれた。
「っ……! え、えっと……」
「あ、ごめん! つい……。でも、原田が悪いんだからな。話そうって言ったのに、勝手にどっか行こうとするから」
――え? いやいや、俺なんかと話してても面白くないだろ。てか、さっきも全然会話できてなかったし……。
なんとか逃げようとするも、瀬野くんがグイグイと手首を引っ張るため、結局椅子に逆戻りさせられてしまった。
といっても、座り直したところでまたさっきの様に話が広がらず気まずくなるだけで……。居た堪れなくなっていると、瀬野くんがポンと手を叩き「そうだ!」と叫んだ。
「話せないならさ、メールしない? それなら原田も会話できるだろ?」
いや、そこまでして会話したいか? とは思ったが、正直めちゃくちゃ嬉しかった。ここまで寄り添って考えてくれた人は、生まれて初めてだ。
瀬野くんの提案にコクリと頷くと、彼は嬉しそうに笑って「よっしゃ!」と拳を握った。何がそんなに嬉しいのかはわからなかったが、俺とメールするだけでそんなに喜んでもらえるのは素直に嬉しい。
友達と連絡交換なんて生まれて初めてで少々手間取ったが、なんとか瀬野くんの連絡先を登録することができた。
すぐにピコンと通知がなったのでスマホを見ると、瀬野くんから『よろしく!』と可愛い熊のスタンプが送られてきた。こちらも持っていた猫のスタンプで『よろしくお願いします』と返信する。
そこからは、メールでやり取りをした。
『原田はいつからここでバイトしてるの?』
『高校に入学してからだから、一週間前からかな。ここ俺のおばあちゃん家で、お手伝いも兼ねて』
『へ〜! じゃあ、今もおばあさんいるの?』
『うん。今は上でご飯作ってると思う』
『そうなんだ! 会ってみたいな。てか原田の地元ここ?』
『うん』
『学校から遠くね?』
『これでも近い方だよ』
『マジか!?』
『うん。もっと遠くの学校まで行ってる子も居るし』
『スゲェな……』
思っていたよりすんなり会話ができて自分でも驚いた。まさかこんな方法があったとは……。いや、初対面からこれは結構失礼だから普段使いは出来ないけど。
それでも、初めて同学年の子とこんなに沢山会話ができて、嬉しかった。体の奥がジンと熱くなって、心臓がドキドキと高鳴っているのがわかる。
メールでの会話は楽しくてあっという間に時間は過ぎ、外は真っ暗になった。
駄菓子屋『ゆうやけ』の閉店時間になったため、上にいるおばあちゃんに一言声をかけ帰路についた。
「なあ、原田。一つだけ、聞きたいことがあるんだけど……」
店のシャッターを閉めていると、後ろから真剣な声が聞こえ振り返る。そこには、少し緊張した面持ちの瀬野くんが立っていた。
またメールで会話しようと思いスマホを取り出すと、「原田の口から聞きたいんだ」と瀬野くんに制止される。
え、何? 教室でたまにチラリと遠くから見るだけだが、それでもここまで真剣で緊張している瀬野くんは見たことがなかった。怖くてぎゅっと手を握る。
「なんで俺には、あの子達みたいにしてくれないの?」
「…………へ?」
『あの子達』……は、たぶん香織と紗彩の事だろう。
でも、なんで急にその二人が出てきたのかがわからない。
「あの子達とは、普通に会話出来てたよね?」
「あ……」
……なるほど、そういうことか。なんであの二人とは普通に話せて、自分とは全く会話が出来ないのか、瀬野くんも気になったのだろう。
答えは簡単だ。
「そ、その……ななな、慣れて、ない……ので……」
「慣れる? 接客に?」
「い、いえ、そそその……ええっと、瀬野くん、に……」
……もしかしなくても、俺今めちゃくちゃ失礼な事言ったよな?
瀬野くんの制止を振り切り慌ててスマホを取り出し、メールで詳しく説明する。
『話慣れてない人と会話しようとすると、緊張と焦りで何も言えなくなっちゃうんです。俺、人見知りでコミュ障だから……。香織と紗彩は二人が赤ちゃんの頃から知ってるので普通に話せるんですが、瀬野くんはまだ話慣れてないので緊張で普通に話せないんです。すみません』
俺の必死の弁明文をジッと読んでいる瀬野くん。
短い文だから読むのにそれほど時間はかかってない筈だが、俺にはとてつもなく長く感じた。
まるで、判決を言い渡される被告人のような気持ちになりながら瀬野くんが話し出すのを待っていた。
「……じゃあ、俺に慣れてもらえばいいんだ」
「え?」
瀬野くんが何か言ったようだが、小さな声だったのでよく聞こえなかった。何を言ったのか聞こうとスマホに文章を打ち込んでいると、ズンズンと瀬野くんがこちらに近づいてくる。
思わず後ずさるが後ろはシャッター、すぐに追い詰められてしまった。そして、瀬野くんは俺の顔の横にバンッと手を置く。夜のシンとした空間に、シャッターの『ガシャン』という音は嫌なほど周りに響いた。
――な、なんで俺、瀬野くんに壁ドンされてるの……!?
驚いて目を見開く俺を、瀬野くんはニッコリ笑って見つめていた。その笑顔は獲物を逃さない獣のようで、なんだかちょっとだけ怖かった。美人はどんな顔でも無駄に迫力があるのだ。
瀬野くんは未だに驚きで固まって動けない俺に語りかけた。
「原田、慣れたら俺にも普通に話してくれるんだよね?」
「え……? う、うん……」
それはそうなので素直に頷く。慣れさえすれば瀬野くんとも普通に話せるはずだ。それがどれくらいかかるのかはわからないが。
「じゃあ、俺に慣れて?」
「…………はい?」
思わず聞き返してしまった俺を詰め寄る瀬野くん。近い、めちゃくちゃ近い……!
「慣れたら普通に会話できるんでしょ? じゃあ俺に慣れて。俺も原田と会話したい」
それだけ言って満足したのか、瀬野くんは「じゃあ俺そろそろ帰るわ」と背を向けて歩き出した。
それを見送っていると、俺はある重大な失敗に気付いてしまった。
「ま、待って……!」
俺が話しかけたのに驚いたのか、瀬野くんは足を止めこちらを振り返った。
その間に急いでメールを送る。
『なにで帰るつもりですか?』
「なにって……電車だけど?」
至極当たり前のように言う彼に返信を打ち込み、またメールを送る。
『もう終電終わりました……』
「…………は?」
驚きで固まっている瀬野くん。それはそうだろう。都会に住んでる人にとっては電車は夜中まで当たり前に通っているものだ。
しかし、ここはド田舎。そんな都会の常識は通用しない。
『終電八時なんです。言い忘れててごめんなさい』
現在の時刻八時四十分、とっくに出発している。
「じ、じゃあ、俺タクシー呼んで帰るわ!」
タクシーアプリを開いているであろう彼に、もう一つ残酷な真実を突きつける。
『ここ、タクシーアプリ非対応地です。呼んでも来ません』
「…………は?」
『なんならウーバー〇ーツも届きません』
「嘘だろ!? 今どきそんなとこあるかよ!」
あるんだな、それが。浜辺町は、海と山に囲まれた正真正銘のド田舎。都会からここに来るまで一山を越えないといけないため、タクシーもウーバー〇ーツも来ない。ちなみにバスも八時半で終電だ。
つまり、
「俺、帰れないってことか?」
絶望した表情の瀬野くんにごめんと頭を下げる。これに関しては完全にこちらの落ち度だ。終電が早いことはわかっていたのに、瀬野くんとの会話が楽しくてつい時間を忘れてしまった。本来なら終電前に帰さないといけなかったのに。
このままだと瀬野くんに申し訳ない。だから、
『一つ、提案なのですが……』
「…………は?」
もはや聞き慣れてきた瀬野くんの驚く声を聞きながら、彼の返事を待った。
***
「まあぁぁ! いらっしゃい瀬野くん!」
「ゆっくりしていくんだぞ!」
「おじゃまします」
息子が高校の友達を家に連れてきたと大喜びの両親に思わず頭を抱える。流石にテンション上がりすぎだ……。まあ友達を家に連れてくるのなんて初めてだから、仕方ないかなと思いつつ。
俺の隣で瀬野くんは少し緊張した面持ちで両親にペコリと頭を下げていた。
『一つ、提案なのですが。よければ今日、俺の家に泊まりませんか?』

