***
学校近くの駅にはあんなに沢山いた人々も、俺の家の最寄り駅に近づくにつれ段々と減っていった。
「わぁ、綺麗……」
電車の窓から見える夕日に照らされた海を見て思わずうっとりとしてしまう。
俺が生まれ育った浜辺町は海と山に囲まれた、一言で言うとド田舎だ。
町には学校も小中高それぞれ一校ずつしかないため、ほとんどの子供は小中を同じ学校で過ごし、卒業後は別の町や県の高校に通うこととなる。もちろんそれは俺も同じだった。
最寄り駅に着き、行きとは違い軽やかな足取りで歩いていると、前から歩いてきた男子小学生二人が「おーい!」と手を振ってくる。
「おーい! 優兄!」
「今帰りー!?」
「うん。颯と瑠衣はどこ行くの? 公園?」
「うん!」
「でもその前に『ゆうやけ』寄る!」
「ほんと? じゃあ一緒に行こうか」
「うん!」
「やったー!」
颯と瑠衣はイェーイと喜んだまま俺の手をギュッと握ってきた。両手に繋がれた小さな手が暖かい。ぽかぽかとした気持ちで握り返すと、二人は嬉しそうにニカッと笑った。
――え、なにこの子達……? 天使?
思わず天を仰ぐと、両側から「優兄どうしたの〜?」「大丈夫?」と声がかかる。……うん、この二人はきっと天使なんだ。そうに違いない。可愛すぎる。
当たり前だが、二人は天使ではない。颯と瑠衣はこの町に住む小学生で、俺はこの子達が赤ちゃんの頃から……いや、お腹にいる時から知っている。
この町は田舎ということもあり、コミュニティが限りなく狭いのだ。つまり、町の人々みんな知り合いである。そして、人見知りコミュ障ぼっちの俺が唯一普通に話せる場所でもある。
近所の人達は俺が小さい頃から可愛がってくれているし、年下の子達なんかはお腹にいる時から知っている。今更人見知りを発動することなどないのだ。
三人が駅から歩いて十五分。住宅街の中にポツンと駄菓子屋が見えてきた。颯と瑠衣は俺の手をパッと離して走り出す。
「おばちゃーん!」
「おや、颯と瑠衣じゃないか。今日はどうする?」
駄菓子屋の前を箒で掃除していたおばあちゃんが、二人の声にパッと顔を上げニコニコと笑いながら話しかける。
「ラムネ頂戴!」
「あ! 俺も!」
「はいはい、八十円ですよ」
おばあちゃんの言葉にゴソゴソとポケットから小財布を出した二人は、きっちり八十円を取り出しおばあちゃんに渡す。
「はい! 八十円!」
「ありがとうおばちゃん!」
「はい、毎度あり。あんまり遅くまで遊ぶんじゃないよ」
「わかってるー!」
「ばあちゃん、優兄! またねー!」
二人は冷蔵庫から出したてのラムネ瓶を受け取ると、走って手を振りながら公園へ向かっていった。あんなに走って、炭酸が溢れないか心配だなぁ……。
苦笑しながらも走っていった二人が見えなくなるまで手を振っていると、おばあちゃんに話しかけられた。瑠衣が俺の名前を出したことで、俺が帰ってきたことに気づいたらしい。
「おや優輝、帰ってたんだね」
「ただいま、おばあちゃん。すぐ変わるよ」
「いつも悪いねぇ」
「いやいや、バイトなんだし当たり前でしょ」
俺はおばあちゃんから箒を受け取ると、残りの掃除を終わらせていく。その間、おばあちゃんは二階の自宅に戻って晩御飯の用意を始めたらしい。いい匂いが二階の窓から漂ってくる。うん、今日はカレーかな?
駄菓子屋『ゆうやけ』
ここは俺のおばあちゃんの家であり、この町で昔からやっている老舗の駄菓子屋でもある。木造の古い三階建ての建物で、一階が丸々駄菓子屋、二・三階がおばあちゃんの自宅となっている。
俺はこの春からここ『ゆうやけ』でバイトを始めた。学校帰りの夕方六時から駄菓子屋が閉まる八時半まで、おばあちゃんの代わりに駄菓子を販売したり掃除したりしている。
きっかけは、高校入学前の春休み中の父親の一言だった。
「優輝、高校では友達出来るといいな」
「ゔっ……! いや、別に友達なんてできなくても――」
――いや、嘘です。めちゃくちゃ欲しいです、友達……。
息子の強がりに気づいているのだろう。両親はニコニコとしながらこっちを見てくる。
やめて、そんな小さい子を見守る親のような顔で見ないで! ……あ、親だったわ。親からすれば、子はいつまでも小さくて可愛いというものなのだろう。だとしてもやめてほしい……。
きっと今の俺の顔は真っ赤だろう。なんだか恥ずかしくなって俯くが、母親の特大爆弾により顔を上げる羽目となる。
「あら、そんなこと言っちゃって〜! 毎日鏡の前で自己紹介の練習してるじゃない」
「………………はぁ!?!?」
「え〜! 優輝そんな可愛いことしてたのか」
「そうよ〜! 後でお父さんにも動画送るわね!」
「なな、なんでそれを知って……!? というか、動画は絶対送らないで! 消して! 今すぐ!」
――隠れて練習してたのに、なんでバレてるんだ!?
慌ててお母さんのスマホを取ろうとしたが少し遅かったらしい。お父さんのポケットからピコン可愛らしい音が鳴る。お父さんがニヤニヤしながら動画を見ていて、バッと手で顔を覆う。
「良いじゃないか。何事も練習は大事だぞ」
「そうそう! 偉いじゃない、優輝!」
「……二人して、子供扱いしないでよ」
ジト目で両親を見るが、未だに二人してニヤニヤなので効果はなかったらしい。ガックリと項垂れる。
「……でもまぁ、自己紹介くらいは出来るようになった方がいいかもしれんな」
お父さんが真剣な声で話してきたので、なんだが背がピンと伸びてしまう。
――たしかに、俺もそろそろ自己紹介くらい出来ないと。
「今はまだ良いが、もう少し大きくなったら嫌でも人と会話しないといけない場面が来る。そのとき、自己紹介くらいはできないとなぁ」
お父さんの言葉を聞きギュッと膝の上で拳を握りしめる。わかっている。このままでは将来苦労するのは俺だ。両親は特に何も言ってこないが、心配してないはずがないのだ。
ここまで心配をかけていることに、申し訳なさでいっぱいになる。
「だから優輝……『ゆうやけ』でバイトしてみないか?」
「え」
お父さんからの予想外の提案に驚いてしまう。前ではお母さんが「あらー! いいじゃない」なんて笑顔で言ってくる。ちょ、ちょっと待って……、
「ば、バイト!? 俺が!?」
「あぁ、あそこならおばあちゃんがいるし、優輝も小さい頃からよくお手伝いしてたから慣れてるだろう?」
「それは、そうだけど……」
「あそこなら優輝の知り合いも多いし、いい練習になるんじゃないかしら?」
「た、確かに」
確かに、ゆうやけに来るお客さんは大概近所の子供たちか、その親。あとは昔から通ってくれてる大人の人くらいだ。みんな、優輝が小さい頃から関わりがあるため普通に話すことができる。別の場所でバイトするよりはよっぽど働きやすいだろう。
「おばあちゃんも最近業務が大変らしくてな。夕方だけでも手伝ってくれたら嬉しいって言ってたぞ」
「ほんと?」
「ああ」
おばあちゃんの事は昔から大好きだ。友達が出来なくて泣いていた俺によく駄菓子をくれた。なにかおばあちゃんの喜ぶことをしたくて、よく駄菓子屋を手伝っていたくらいに。
そんなおばあちゃんが、今困っている。そして、バイトすることによって俺は少しでも人と話す練習になる。うん、悪いことは何一つない。
「……わかった。やってみる」
「ほんとう!?」
「わかった。おばあちゃんに連絡しておくな。きっと喜ぶぞ〜!」
という流れで、俺は毎日放課後にここ駄菓子屋ゆうやけでバイトすることとなったのだ。
学校近くの駅にはあんなに沢山いた人々も、俺の家の最寄り駅に近づくにつれ段々と減っていった。
「わぁ、綺麗……」
電車の窓から見える夕日に照らされた海を見て思わずうっとりとしてしまう。
俺が生まれ育った浜辺町は海と山に囲まれた、一言で言うとド田舎だ。
町には学校も小中高それぞれ一校ずつしかないため、ほとんどの子供は小中を同じ学校で過ごし、卒業後は別の町や県の高校に通うこととなる。もちろんそれは俺も同じだった。
最寄り駅に着き、行きとは違い軽やかな足取りで歩いていると、前から歩いてきた男子小学生二人が「おーい!」と手を振ってくる。
「おーい! 優兄!」
「今帰りー!?」
「うん。颯と瑠衣はどこ行くの? 公園?」
「うん!」
「でもその前に『ゆうやけ』寄る!」
「ほんと? じゃあ一緒に行こうか」
「うん!」
「やったー!」
颯と瑠衣はイェーイと喜んだまま俺の手をギュッと握ってきた。両手に繋がれた小さな手が暖かい。ぽかぽかとした気持ちで握り返すと、二人は嬉しそうにニカッと笑った。
――え、なにこの子達……? 天使?
思わず天を仰ぐと、両側から「優兄どうしたの〜?」「大丈夫?」と声がかかる。……うん、この二人はきっと天使なんだ。そうに違いない。可愛すぎる。
当たり前だが、二人は天使ではない。颯と瑠衣はこの町に住む小学生で、俺はこの子達が赤ちゃんの頃から……いや、お腹にいる時から知っている。
この町は田舎ということもあり、コミュニティが限りなく狭いのだ。つまり、町の人々みんな知り合いである。そして、人見知りコミュ障ぼっちの俺が唯一普通に話せる場所でもある。
近所の人達は俺が小さい頃から可愛がってくれているし、年下の子達なんかはお腹にいる時から知っている。今更人見知りを発動することなどないのだ。
三人が駅から歩いて十五分。住宅街の中にポツンと駄菓子屋が見えてきた。颯と瑠衣は俺の手をパッと離して走り出す。
「おばちゃーん!」
「おや、颯と瑠衣じゃないか。今日はどうする?」
駄菓子屋の前を箒で掃除していたおばあちゃんが、二人の声にパッと顔を上げニコニコと笑いながら話しかける。
「ラムネ頂戴!」
「あ! 俺も!」
「はいはい、八十円ですよ」
おばあちゃんの言葉にゴソゴソとポケットから小財布を出した二人は、きっちり八十円を取り出しおばあちゃんに渡す。
「はい! 八十円!」
「ありがとうおばちゃん!」
「はい、毎度あり。あんまり遅くまで遊ぶんじゃないよ」
「わかってるー!」
「ばあちゃん、優兄! またねー!」
二人は冷蔵庫から出したてのラムネ瓶を受け取ると、走って手を振りながら公園へ向かっていった。あんなに走って、炭酸が溢れないか心配だなぁ……。
苦笑しながらも走っていった二人が見えなくなるまで手を振っていると、おばあちゃんに話しかけられた。瑠衣が俺の名前を出したことで、俺が帰ってきたことに気づいたらしい。
「おや優輝、帰ってたんだね」
「ただいま、おばあちゃん。すぐ変わるよ」
「いつも悪いねぇ」
「いやいや、バイトなんだし当たり前でしょ」
俺はおばあちゃんから箒を受け取ると、残りの掃除を終わらせていく。その間、おばあちゃんは二階の自宅に戻って晩御飯の用意を始めたらしい。いい匂いが二階の窓から漂ってくる。うん、今日はカレーかな?
駄菓子屋『ゆうやけ』
ここは俺のおばあちゃんの家であり、この町で昔からやっている老舗の駄菓子屋でもある。木造の古い三階建ての建物で、一階が丸々駄菓子屋、二・三階がおばあちゃんの自宅となっている。
俺はこの春からここ『ゆうやけ』でバイトを始めた。学校帰りの夕方六時から駄菓子屋が閉まる八時半まで、おばあちゃんの代わりに駄菓子を販売したり掃除したりしている。
きっかけは、高校入学前の春休み中の父親の一言だった。
「優輝、高校では友達出来るといいな」
「ゔっ……! いや、別に友達なんてできなくても――」
――いや、嘘です。めちゃくちゃ欲しいです、友達……。
息子の強がりに気づいているのだろう。両親はニコニコとしながらこっちを見てくる。
やめて、そんな小さい子を見守る親のような顔で見ないで! ……あ、親だったわ。親からすれば、子はいつまでも小さくて可愛いというものなのだろう。だとしてもやめてほしい……。
きっと今の俺の顔は真っ赤だろう。なんだか恥ずかしくなって俯くが、母親の特大爆弾により顔を上げる羽目となる。
「あら、そんなこと言っちゃって〜! 毎日鏡の前で自己紹介の練習してるじゃない」
「………………はぁ!?!?」
「え〜! 優輝そんな可愛いことしてたのか」
「そうよ〜! 後でお父さんにも動画送るわね!」
「なな、なんでそれを知って……!? というか、動画は絶対送らないで! 消して! 今すぐ!」
――隠れて練習してたのに、なんでバレてるんだ!?
慌ててお母さんのスマホを取ろうとしたが少し遅かったらしい。お父さんのポケットからピコン可愛らしい音が鳴る。お父さんがニヤニヤしながら動画を見ていて、バッと手で顔を覆う。
「良いじゃないか。何事も練習は大事だぞ」
「そうそう! 偉いじゃない、優輝!」
「……二人して、子供扱いしないでよ」
ジト目で両親を見るが、未だに二人してニヤニヤなので効果はなかったらしい。ガックリと項垂れる。
「……でもまぁ、自己紹介くらいは出来るようになった方がいいかもしれんな」
お父さんが真剣な声で話してきたので、なんだが背がピンと伸びてしまう。
――たしかに、俺もそろそろ自己紹介くらい出来ないと。
「今はまだ良いが、もう少し大きくなったら嫌でも人と会話しないといけない場面が来る。そのとき、自己紹介くらいはできないとなぁ」
お父さんの言葉を聞きギュッと膝の上で拳を握りしめる。わかっている。このままでは将来苦労するのは俺だ。両親は特に何も言ってこないが、心配してないはずがないのだ。
ここまで心配をかけていることに、申し訳なさでいっぱいになる。
「だから優輝……『ゆうやけ』でバイトしてみないか?」
「え」
お父さんからの予想外の提案に驚いてしまう。前ではお母さんが「あらー! いいじゃない」なんて笑顔で言ってくる。ちょ、ちょっと待って……、
「ば、バイト!? 俺が!?」
「あぁ、あそこならおばあちゃんがいるし、優輝も小さい頃からよくお手伝いしてたから慣れてるだろう?」
「それは、そうだけど……」
「あそこなら優輝の知り合いも多いし、いい練習になるんじゃないかしら?」
「た、確かに」
確かに、ゆうやけに来るお客さんは大概近所の子供たちか、その親。あとは昔から通ってくれてる大人の人くらいだ。みんな、優輝が小さい頃から関わりがあるため普通に話すことができる。別の場所でバイトするよりはよっぽど働きやすいだろう。
「おばあちゃんも最近業務が大変らしくてな。夕方だけでも手伝ってくれたら嬉しいって言ってたぞ」
「ほんと?」
「ああ」
おばあちゃんの事は昔から大好きだ。友達が出来なくて泣いていた俺によく駄菓子をくれた。なにかおばあちゃんの喜ぶことをしたくて、よく駄菓子屋を手伝っていたくらいに。
そんなおばあちゃんが、今困っている。そして、バイトすることによって俺は少しでも人と話す練習になる。うん、悪いことは何一つない。
「……わかった。やってみる」
「ほんとう!?」
「わかった。おばあちゃんに連絡しておくな。きっと喜ぶぞ〜!」
という流れで、俺は毎日放課後にここ駄菓子屋ゆうやけでバイトすることとなったのだ。

