――あぁ、嫌だ。本当に嫌だ……。
入学式、新しいクラスで一番最初にすることなど一つしかない。クラス担任となった、見るからに熱血系の体育教師は教卓に両手を置き、大きすぎる声で予想通りの言葉を発した。
「よし! 一番最初だし、まずは自己紹介をしよう!」
――ほらな。
絶望した俺には担任の「まあだいたいみんな知ってるだろうがな」なんて言葉は全く聞こえず、苦しみのあまり思わず机にゴンッと突っ伏してしまった。隣の女の子がビクリと肩を揺らしチラリとこちらを見たのがわかった。ごめん、驚かしたよね。でも仕方がないじゃないか。本当に苦手なんだ、『自己紹介』が……。
しかも、クラスのほとんどが内部生で顔見知り……というか、今年この学校に外部生として入学してきたのは俺含めてたったの二人らしい。内部生は少ないとは聞いていたがここまで少ないとは思っていなかったので、驚きでしかない。そして、頼みの綱であるもう一人の外部生は別のクラスらしいので、このクラスで俺だけが外部生……つまり、完全なるこの学校の新入生なのだ。
名前順でクラスメイトが次々に自己紹介をしていくが、見知った他のクラスメイトは仲のいい友達に「今年もよろしくなー!」とか「お前ふざけるなよー」とか茶々を入れている。正直、全くついていけない。この空気に、慣れていける自信がない……。
申し訳ないことに他の人の自己紹介は緊張で何も耳に入ってこなかった。
とにかく自分の自己紹介に集中する。
俺は原田で『は行』なので、真ん中らへんだ。
『原田優輝です。趣味は海を眺めること。よろしくお願いします』
事前に考えてきた自己紹介文を何度も頭の中で繰り返す。大丈夫、たった三文だけ言ってすぐ座ればいい。大丈夫、大丈夫……。机の下で手を握りしめ、必死に震えを抑えつける。
刹那、俯いていた自分にも教室の空気が変わったのを感じた。そっと顔を上げると、一人の男子が立って自己紹介をするところだった。
「瀬野彰人です。サッカーを十年間やっています。高校でもサッカー部に入る予定。よろしくお願いします」
「よっ! 流石彰人! 今日もイケメンだなー!」
「彰人くんと同じクラスになれるなんてラッキー!」
瀬野くんが最後にニコリと笑うと、教室で今日一番の歓声が響いた。
――あ、苦手なタイプだ。
瞬時にそう感じた。
瀬尾彰人と名乗った男子は、一言で言うとイケメンだった。
窓から降り注ぐ太陽光を全て跳ね返すような金髪に、パッチリとした茶色い瞳、真っ直ぐ通った鼻筋に、野外スポーツをしているとは思えないほど白い肌。顔のパーツ一つ一つが美しく、適切な場所にピタリと収まっている。こりゃ神様の力作だなと、一目見てわかった。
女子だけではなく、男子も見惚れているのがわかる。まぁ、この顔なら仕方がない。正直、俺も少し見惚れてしまった。下手な俳優やアイドルなんかよりもよっぽど綺麗な顔をしているせいだ。
自己紹介だけでも明るく元気な性格が伺える。まぁ、俗に言う『一軍・陽キャイケメン』ってやつだろう。
これからクラスを引っ張る中心人物になるはずだ。自分には一生関わりのない人種。
生まれてからの十五年で自分は学んだのだ。こういうタイプは下手に関わるとロクなことにならない、と……。とにかく近づかないように、関わらないようにしようと心の中で決意する。
「――らだ。原田!」
「っ……!? は、はい……!」
「何やってるんだ、早く自己紹介しなさい。君が一番重要なんだからな」
そんな事を考えていたら、いつの間にか自分の番になっていたらしい。担任が目の前で机をコンコンと叩き顔を覗き込んでいた。名前を呼ばれ思わず立ったものの、身体は硬直して全く動かない。
――何してるんだ俺……! は、早く自己紹介しないと。名前を言うだけ、名前を……!
担任の言った通り、俺の自己紹介が一番重要なのだ。なぜなら俺だけ外部生だから。
というか、この自己紹介は外部生の俺のためにやってくれたのだろう。とにかく、周りに覚えてもらうためにもちゃんと自己紹介しないと……!
頭ではそう思っていても、身体と口は全く動いてくれなかった。
立ったまま動かない俺を不審に思ったのか、担任は心配そうな顔でこちらを見つめてくる。
「大丈夫か? 顔真っ青だぞ?」
「だ、だだだ大丈夫……です」
「そうか? なら、自己紹介を頼む」
失敗した。ここで体調悪いと言えば休めたかもしれないのに。なぜ自分から墓穴を掘ってしまったのか……。もう引き返せない。名前を言うだけ、名前を言うだけ、名前を――。
「……らだ……き、です」
――あ、終わった……。
クラスメイト三十人に見つめられ、緊張で喉が締まる。口の中は乾燥しカラカラで、頭は真っ白で、結局捻り出せたのは蚊のなくような小さな声だった。
自分にもほとんど聞こえなかった声が、この広い教室でクラスメイトに届いたとは到底思えない。
「あ〜、原田。すまないがもう一回言ってくれるか? 今度はもう少し大きな声で……」
担任の申し訳なさそうな声に恥ずかしさでいっぱいになる。高校生にもなって挨拶一つ出来ない子が混じっているなど、先生も思いもしなかっただろう。穴があったら入りたいとはこのことなのだろうと思う。出来れば一生知りたくなかったけど。
言えば終わる。そう自分に言い聞かせ、もう一度乾いた口を開く。
「……は、はははりゃだ……っ、原田……ゆ、ゆう……」
――悪化した。
言わないと終わらない、言わないと次の人に行けない、言わないと迷惑がかかる。いろいろなことを考えた結果、更に声は小さくなり、それはもう盛大に噛んでしまった。背中にツーっと冷たい汗が滲む。
俯いて真っ青な顔で小さく震えている俺を見て、担任は「原田優輝だな、もう座っていいぞ。よく頑張った」と声をかけた。
先生の声掛けを素直に聞き席に座る。後ろの席の人の自己紹介がどこか遠くから聞こえた。
なにが『よく頑張った』だ。なにも頑張れていない。いつもこうだ。
幼い頃から、話すことが苦手だった。
人見知りな俺は初めて会う人と話すのがそもそも苦手だ。そして、普通に話そうと思っても内容が頭の中で纏まらず、パニックになり固まってしまう。幼い子というのは残酷なもので、一度話して面白くないと判断したら、もう二度と話しかけてこない。
――上手に話さないと、また一人になっちゃう……。
そんな緊張と圧力で更に話せなくなる、そして友達ができない、また一人になる。
今度こそ上手く話さないと――。
そんな悪循環の末に、俺は重度の人見知りコミュ障となってしまったのだった。
そのせいで、幼稚園から今まで友達などできたことがなかった。
高校生活こそ一人くらい友達が欲しいと思い、春休みから毎日のように鏡の前で笑顔で自己紹介ができるよう練習をしていたというのに、全て水の泡となってしまった。
きっと高校でもぼっち確定だろう。
そんな未来を予想し、俺はまた机に突っ伏したのだった。
入学式、新しいクラスで一番最初にすることなど一つしかない。クラス担任となった、見るからに熱血系の体育教師は教卓に両手を置き、大きすぎる声で予想通りの言葉を発した。
「よし! 一番最初だし、まずは自己紹介をしよう!」
――ほらな。
絶望した俺には担任の「まあだいたいみんな知ってるだろうがな」なんて言葉は全く聞こえず、苦しみのあまり思わず机にゴンッと突っ伏してしまった。隣の女の子がビクリと肩を揺らしチラリとこちらを見たのがわかった。ごめん、驚かしたよね。でも仕方がないじゃないか。本当に苦手なんだ、『自己紹介』が……。
しかも、クラスのほとんどが内部生で顔見知り……というか、今年この学校に外部生として入学してきたのは俺含めてたったの二人らしい。内部生は少ないとは聞いていたがここまで少ないとは思っていなかったので、驚きでしかない。そして、頼みの綱であるもう一人の外部生は別のクラスらしいので、このクラスで俺だけが外部生……つまり、完全なるこの学校の新入生なのだ。
名前順でクラスメイトが次々に自己紹介をしていくが、見知った他のクラスメイトは仲のいい友達に「今年もよろしくなー!」とか「お前ふざけるなよー」とか茶々を入れている。正直、全くついていけない。この空気に、慣れていける自信がない……。
申し訳ないことに他の人の自己紹介は緊張で何も耳に入ってこなかった。
とにかく自分の自己紹介に集中する。
俺は原田で『は行』なので、真ん中らへんだ。
『原田優輝です。趣味は海を眺めること。よろしくお願いします』
事前に考えてきた自己紹介文を何度も頭の中で繰り返す。大丈夫、たった三文だけ言ってすぐ座ればいい。大丈夫、大丈夫……。机の下で手を握りしめ、必死に震えを抑えつける。
刹那、俯いていた自分にも教室の空気が変わったのを感じた。そっと顔を上げると、一人の男子が立って自己紹介をするところだった。
「瀬野彰人です。サッカーを十年間やっています。高校でもサッカー部に入る予定。よろしくお願いします」
「よっ! 流石彰人! 今日もイケメンだなー!」
「彰人くんと同じクラスになれるなんてラッキー!」
瀬野くんが最後にニコリと笑うと、教室で今日一番の歓声が響いた。
――あ、苦手なタイプだ。
瞬時にそう感じた。
瀬尾彰人と名乗った男子は、一言で言うとイケメンだった。
窓から降り注ぐ太陽光を全て跳ね返すような金髪に、パッチリとした茶色い瞳、真っ直ぐ通った鼻筋に、野外スポーツをしているとは思えないほど白い肌。顔のパーツ一つ一つが美しく、適切な場所にピタリと収まっている。こりゃ神様の力作だなと、一目見てわかった。
女子だけではなく、男子も見惚れているのがわかる。まぁ、この顔なら仕方がない。正直、俺も少し見惚れてしまった。下手な俳優やアイドルなんかよりもよっぽど綺麗な顔をしているせいだ。
自己紹介だけでも明るく元気な性格が伺える。まぁ、俗に言う『一軍・陽キャイケメン』ってやつだろう。
これからクラスを引っ張る中心人物になるはずだ。自分には一生関わりのない人種。
生まれてからの十五年で自分は学んだのだ。こういうタイプは下手に関わるとロクなことにならない、と……。とにかく近づかないように、関わらないようにしようと心の中で決意する。
「――らだ。原田!」
「っ……!? は、はい……!」
「何やってるんだ、早く自己紹介しなさい。君が一番重要なんだからな」
そんな事を考えていたら、いつの間にか自分の番になっていたらしい。担任が目の前で机をコンコンと叩き顔を覗き込んでいた。名前を呼ばれ思わず立ったものの、身体は硬直して全く動かない。
――何してるんだ俺……! は、早く自己紹介しないと。名前を言うだけ、名前を……!
担任の言った通り、俺の自己紹介が一番重要なのだ。なぜなら俺だけ外部生だから。
というか、この自己紹介は外部生の俺のためにやってくれたのだろう。とにかく、周りに覚えてもらうためにもちゃんと自己紹介しないと……!
頭ではそう思っていても、身体と口は全く動いてくれなかった。
立ったまま動かない俺を不審に思ったのか、担任は心配そうな顔でこちらを見つめてくる。
「大丈夫か? 顔真っ青だぞ?」
「だ、だだだ大丈夫……です」
「そうか? なら、自己紹介を頼む」
失敗した。ここで体調悪いと言えば休めたかもしれないのに。なぜ自分から墓穴を掘ってしまったのか……。もう引き返せない。名前を言うだけ、名前を言うだけ、名前を――。
「……らだ……き、です」
――あ、終わった……。
クラスメイト三十人に見つめられ、緊張で喉が締まる。口の中は乾燥しカラカラで、頭は真っ白で、結局捻り出せたのは蚊のなくような小さな声だった。
自分にもほとんど聞こえなかった声が、この広い教室でクラスメイトに届いたとは到底思えない。
「あ〜、原田。すまないがもう一回言ってくれるか? 今度はもう少し大きな声で……」
担任の申し訳なさそうな声に恥ずかしさでいっぱいになる。高校生にもなって挨拶一つ出来ない子が混じっているなど、先生も思いもしなかっただろう。穴があったら入りたいとはこのことなのだろうと思う。出来れば一生知りたくなかったけど。
言えば終わる。そう自分に言い聞かせ、もう一度乾いた口を開く。
「……は、はははりゃだ……っ、原田……ゆ、ゆう……」
――悪化した。
言わないと終わらない、言わないと次の人に行けない、言わないと迷惑がかかる。いろいろなことを考えた結果、更に声は小さくなり、それはもう盛大に噛んでしまった。背中にツーっと冷たい汗が滲む。
俯いて真っ青な顔で小さく震えている俺を見て、担任は「原田優輝だな、もう座っていいぞ。よく頑張った」と声をかけた。
先生の声掛けを素直に聞き席に座る。後ろの席の人の自己紹介がどこか遠くから聞こえた。
なにが『よく頑張った』だ。なにも頑張れていない。いつもこうだ。
幼い頃から、話すことが苦手だった。
人見知りな俺は初めて会う人と話すのがそもそも苦手だ。そして、普通に話そうと思っても内容が頭の中で纏まらず、パニックになり固まってしまう。幼い子というのは残酷なもので、一度話して面白くないと判断したら、もう二度と話しかけてこない。
――上手に話さないと、また一人になっちゃう……。
そんな緊張と圧力で更に話せなくなる、そして友達ができない、また一人になる。
今度こそ上手く話さないと――。
そんな悪循環の末に、俺は重度の人見知りコミュ障となってしまったのだった。
そのせいで、幼稚園から今まで友達などできたことがなかった。
高校生活こそ一人くらい友達が欲しいと思い、春休みから毎日のように鏡の前で笑顔で自己紹介ができるよう練習をしていたというのに、全て水の泡となってしまった。
きっと高校でもぼっち確定だろう。
そんな未来を予想し、俺はまた机に突っ伏したのだった。

