駄菓子より甘い瀬野くん

「じゃ、また明日な」
「うん、まま…また、明日」
 放課後、名残惜しそうに部活へ向かう瀬野くんを手を振りながら見送る。グラウンドに行くまでの間、何度もこちらを振り返る瀬野くんに『遅刻するから早く行け』と手をササッと前に降ると、彼は少しむくれたような顔をして走り出した。
 ようやく瀬野くんが見えなくなった頃、振っていた手をゆっくり下ろす。
 今日は『ゆうやけ』の定休日なので、特にやることはない。帰ってゆっくりしようと考えながら門に向かおうとしたその時、ガシッと誰かに両肩を掴まれた。
 ――え? なになに、誰……!?
 怖くて振り向くこともできずに固まっていると、後ろから話しかけられる。
 
「君、原田優輝くん?」
「は、はいぃ……」
「やっぱり! ちょっと僕たちに着いてきてくれるかな?」
 
 ――なんで俺の名前知ってるんだ!? てか、どこに連れて行く気だよ!
 声的に話しかけてきたのは多分二人。それも聞いたことのない声なので、きっと別のクラスだろう。
「いや、あの、なななな、なんで、俺……」
「いいから、ちょっとこっち来て」
「何もしないから」
 ――『何もしない』が一番怖いんですけど!?
 恐怖で動けずに突っ立っていると、後ろから二人にぐっと肩を押される。その動きに従うように、俺は震える足を無理やり動かした。
 気づけばグラウンドから学校の玄関まで戻ってきていた。
「あ、あの……」
「教室行きたいからさ、靴履き替えてくれる?」
「は、はいぃぃぃ……」
 問いかけてくる声は優しいが、俺からしてみれば後ろから銃を突きつけられてるような気分だ。知らない人に話しかけられることほど怖いことはない。
 俺は慌てて自分の靴箱から上履きを取り出し履き替える。例の二人も履き替えているのか、後ろから気配が消えた。
 履き替え終わり周りを見渡すと、俺の周りには人ひとりいなかった。軽く周りを探すが、よくよく考えれば探そうにも顔を見ていないからわからない。
 ――ど、どうしよう。今のうちに逃げる? でもまた別の日に話しかけられそうだし……。
 鞄を握り締めどうしようか迷っていると、右側から「おーい!」と声がかかる。
 振り向くと、そこには予想通り二人の男子生徒がいた。

 ――い、イケメンだ!

 一人はふわふわしている髪にパッチリと大きな瞳、カーディガンを羽織っている爽やか系イケメン。
 もう一人は少し癖毛なのかピョンピョン跳ねた髪で制服の袖を腕まくりしている、切り目のヤンチャ系イケメン。
 
 俺はそっと二人から顔をそらし、周りを見渡す。
 いやいや、普通に考えてあのイケメン二人が俺を呼んでるわけないか。……あの人たち、どこ行ったんだろう。
 すると、イケメン二人がこちらへ近づいてきた。
 俺はゆっくり後退る。いや、本当に俺なわけ……
「ちょっと、どこ行くの?」
「こっち来いって」
 ――あった。
 まじであの二人なのかよ。
「い、いや俺、あのえっとそのえっと……にゃ、なんで俺……」
「それを話すために呼んだんだからさ」
「いいから、とにかく着いて来い」
 二人は何故か俺の両手をぎゅっと握る。右手に爽やかイケメン、左手にヤンチャイケメンだ。
 そのまま手を引かれ、されるがまま着いていく。
 放課後ながら廊下にはまだ沢山の生徒が残っていた。やはりイケメンは目を引くらしく、瀬野くんと歩いている時と同じように俺へ視線が突き刺る。「なんでお前?」という目だ。俺はそんな目から逃げるように、視線を下にして自分の上履きをジッと眺めながら歩いた。
 生徒達はみな廊下の端っこに寄り二人に道を譲るため、真ん中に道ができていた。まるでモーセの海割りだ。これがイケメンパワーかと感心しながら、出来るだけ気配を薄くしようと息を潜めた。
 
***

「ここ」と連れてこられたのは、どこかの空き教室だった。
「適当に座っていいよ」と爽やかイケメンに言われたので、とりあえず窓際の一番後ろの席に座った。すると、ヤンチャイケメンが前に、爽やかイケメンが隣に座ってきた。二人に挟まれるように見られて視線を彷徨わせていると、爽やかイケメンがパンと手を叩いた。
「じゃあ、まずは自己紹介するね。僕は横井(よこい) みなと。で、こっちが――」
「俺は長谷川(はせがわ) 拓実(たくみ)、よろしくな!」
 爽やかイケメンが『横井』、ヤンチャイケメンが『長谷川』というらしい。
「え、ええっと、お、俺は……」
「原田優輝くんでしょ?」
「そうそう、最近彰人がゾッコンの」
 そういえば名前は知られていた。自己紹介しなくていいと心の底から安心していると、聞き捨てならない言葉が出てきた。
「ぞ、ゾッコン……?」
「そ、ゾッコン」
 聞き間違いかと思い問い返すが、長谷川はうんうんと頷いて同じ言葉が返ってくる。
 ――ゾッコン? 誰が? 瀬野くんが? 誰に? 俺に?
 ……ないない。
 俺はブンブンと首を振り、腕でバッテンを作った。
 ――そんなことはない、絶対に!
 俺に瀬野くんが構ってくれるのは、瀬野くんが優しいから。あと、駄菓子が珍しいから。
 『ゾッコン』ではないだろう。瀬野くんが俺にゾッコンになる理由が何もない。
 しかし、俺の必死の否定も虚しく、二人はニコニコと笑ってこちらを見るだけだった。
「だって、最近彰人は僕たちを放っといて君とばかり弁当食べるんだよ?」
「今まで俺達以外と食べたことなかったのに」
 その言葉にハッと顔を上げる。『いつも弁当を食べてる友達』は、この二人だったのだ。
「あああの、ごっ、ごめんなさ――」
「あ、別に怒ってるとかじゃないからね?」
「俺らは彰人が一緒に弁当食べてる奴がどんな人か、気になっただけだから」
 だから俺をここまで呼んできたのか。色々と納得だ。そして二人が怒っていないことに安堵する。
 
「俺らと彰人は幼稚園からの付き合いなんだけどな」
 長谷川が静かに語りだした。窓から差し込む夕日が彼の横顔を照らす。イケメンの真顔に夕日も相まって、どこか神聖な雰囲気が周りに漂う。
 ――これは、俺が聞いていい話なのか?
 しかし、長谷川の語りを止めるわけにもいかず、そのまま静かに耳を傾けることにした。
「なんつーか。彰人、人の懐に入るのは上手いけど、自分の懐には全く入れないというか。素で語り合える友人が俺ら以外にいねぇつーか……。とにかく、俺ら以外に友達がいねーの」
 酷い言われようである。でも、少し納得してしまった。瀬野くんと取り巻き達に感じていた違和感は、まさしくこれなのだろう。
 瀬野くんは取り巻き達の懐に簡単に入っていったが、自分の懐に取り巻き達を入れていないのだ。
彼らを『友達』だと、瀬野くんは思っていないのだろう。
「だから、興味があったんだ。あの彰人が一緒に弁当を食べるくらい信頼してるクラスメイトって、一体どんな人なんだろうって」
 隣にいる横井が優しく笑いかけてきたかと思えば、そっと右手を握られる。
「だから、ありがとう。彰人と一緒に居てくれて」
「い、いや……」
 俺が瀬野くんに感謝することはあれど、感謝されるようなことなど一切していない。
 ひとりぼっちな俺に話しかけてくれたのは、いつも瀬野くんだ。俺が緊張で話せないときもいつも待ってくれて、代替案でメールでの会話も提案してくれて……。全部全部、瀬野くんからしてくれたこと。
 だから、本当に俺は何もしていないのだ。
「いや、お、俺何も――」
「正直さ、めちゃくちゃ心配してたんだよ。彰人のこと」
 俺の言葉を遮るように、長谷川が俺の机に腕を置いてもたれてきた。
「ほら、彰人だけクラス離れたから。……あ、俺らは五組な」
 長谷川は「ごー」とひらひらと手を振ってきた。
 五組ならだいぶ教室が離れている。だからこの二人を知らなかったんだ。これほどまでにイケメンなら、一度見たら忘れるはずがない。
「まあ話を戻して……。とにかく心配してたんだよ。高校入ってすぐに離れるとは思ってなかったからさ」
「どっちかは一緒になると思ってたよね。『これを期に友達作ってみれば?』って言っても、彰人全然乗り気じゃないし」
「まじで入学して一週間位は顔死んでたからな」
「でも、何故かその後急に元気になった」
 入学して一週間……瀬野くんが初めて『ゆうやけ』に来た頃だろうか。そんなに楽しかったのかな。
 
 そんな事を考えていると、いつの間にか左手も長谷川に握られていた。なんか、デジャヴ……。
「だから、ありがとう」
「この一年、彰人をよろしくな」
「は、はいっ……!」
 俺に何が出来るかはわからないけど、とにかく二人の思いに応えたいと思った。そして、こんなにも思ってくれる友達がいる瀬野くんが、少し羨ましく思った。
 俺の返事を聞いて、二人は安心したように息を吐いた。そして、横井はだらんと机に脱力し、長谷川がグッと背筋を伸ばしていた。
 俺は二人の手から離れた自分の手を眺めていた。瀬野くんによく手を繋がれるため慣れてきたと思うのだが、二人の手は瀬野くんの手と少し違った。いや、大きさとか感触とかそういう話ではなくて、もっと別の――。
 俺が自分の手を握ったり開いたりして違和感の理由を考えていると、横井がパンと手を合わせた。
「でも、こんな無理やり連れてきてごめんね」
「彰人のやつ、全然原田と話させてくれないからさ。アイツが部活の時を狙うしかなかったんだよ」
「恨むなら彰人にしてね。僕たちだって本当は穏便に済ませたかったんだから」
 ビシッと指をさして言ってくる横井。いや、別に怒ってないし恨むことなんてないんだけど……。
 それよりも、俺には一つ疑問があった。
 ――なんで、瀬野くんは俺と二人が話すのを嫌がったんだ?
 俺が首を傾げると、二人は目を合わせた後呆れたように笑った。なんでだよ。