廊下を渡り階段を登って連れてこられたのは、まさかの屋上だった。瀬野くんが扉を空けた瞬間、ブワリと爽やかな春の風に襲われる。前髪がボサボサになったのが鏡を見なくとも分かったので、ササッと手で整える。
改めて周りを見渡すが、ほとんど人の居ないそこに酷く驚く。屋上なんて、絶好の昼食スポットじゃないのか? 俺がきょろきょろ見渡していると隣で瀬野くんがクスクスと笑っていた。
「ほら、ここ風が強いだろ? だから三日くらい経つと皆屋上で食べなくなったんだよ」
確かに、この風の強さで弁当を食べるのはなかなか厳しい。ゆっくり食べれる空間ではないだろう。
そしてまさか、この中で弁当を食べるというのか? いや、連れてきたってことはそうなんだろうけど。こんなに風が強いと髪も乱れるし、何より食べづらそうだ。
――え? ここで食べるの? 本気か……?
そう思いまた瀬野くんの方を見ると、風で髪の毛が荒ぶり凄いことになっていた。流石にこれは綺麗過ぎる顔面でもカバー出来てなかった。面白すぎる。
「ぷっ……あはははは!」
俺の笑い声を聞いて瀬野くんがこちらを向く。その拍子に瀬野くんの髪の毛が更に踊り出す。
「ひっ……! や、ヤバい……! あははは!」
「……そんな面白い?」
「ま、待って……! その状態で、は、話しかけ、ないで……!」
失礼だとはわかっているのだが、どうしても笑いを堪えられない。瀬野くんのことを完璧なイケメンだと思っているせいでもあるだろう。
――こ、こんな瀬野くん見たことない……!
全く笑い止まない俺を見て何を思ったのか、瀬野くんが急に俺の頭をワシャワシャと掻き回してきた。
「ちょっ……!?」
「笑いやがってー! 原田の髪の毛もぐしゃぐしゃにしてやる!」
「待って、やめて〜!」
俺は瀬野くんから逃げるべく屋上を走り回る。しかし、サッカー部エースの足は伊達ではなく一瞬で捕まってしまう。
「原田確保ー!」
「待って……ほ、ほんとに、待って!」
「待ちませーん」
そう言ってまた髪の毛を乱暴に撫でられる。せっかく朝瀬野くんが寝癖直してくれたのに、台無しじゃないか。
――やられっぱなしは癪に障る……。
俺は瀬野くんの頭に手を伸ばし、朝は躊躇って触れなかった彼の綺麗な金髪にそっと触れる。
見た目通り柔らかい彼の髪を、次の瞬間思いっきり掻き回してやった。
「ちょっ……!? おい原田!」
「仕返し……!」
やってはやり返され、やり返されたらこちらもやり返し……。
はたから見たら取っ組み合ってるようにしか見えないであろう格好でお互いの髪を撫でくり回す。
十分後、屋上には台風の中歩いて来たのか? と疑いたくなるほど髪の毛が乱れまくった男子高校生二人が笑い疲れて倒れ込んでいた。
***
流石にこのままではまずいとお互いの髪の毛を軽く整えていると、気づけば昼休みが始まってもう十五分経っていた。そろそろ弁当を食べ始めないと時間がなくなってしまう。
瀬野くんも同じことを思ったのかのっそりと立ち上がり、こちらに「ん」と手を伸ばしてくる。素直に甘えて瀬野くんの手を取ると、ぐっと引っ張って立ち上がらせてくれた。
「そろそろ食べるか」
「うん」
俺の手を握ったまま瀬野くんが歩き出す。そのまま着いて行くと、瀬野くんは屋上の塔屋の裏に回りその場に座った。
「ここなら風来ないから」
確かに丁度塔屋が風除けになってくれているようで一切風が吹いていなかった。感心していると下からクイクイと手を引かれる。「早く座れ」と言うことだろう。瀬野くんの隣に座り、朝お母さんが持たせてくれた弁当を開く。
二段弁当の二段目に玉子焼きにウインナーにほうれん草と玉子の炒め物、ミートボール、ミニハンバーグ。一段目には白米が詰められており、上にふりかけがかけられ更にその上に海苔が置かれていた。いつも通りのよくある弁当だ。
同じ弁当を持たされた瀬野くんがパクリと玉子焼きを口に入れ「美味しい……」と零していた。良かったねお母さん、瀬野くん弁当美味しいって。
食べてる途中も瀬野くんが色々話しかけてくれたが俺はなかなか返事できないので首を縦と横に振って対応していた。それだけで喜んでくれる瀬野くんが神様に見えたと同時に、それだけで何故そんなに喜ばれるのかわからなくて不思議だった。
「原田、部活は入らないの?」
コクリ
「バイトあるから?」
コクリ
「また駄菓子屋行ってもいい?」
ちょっぴり迷った。来てくれてもこちらが出来ることがほとんどないから。
別に楽しく会話できるわけでもないし、何より遠いし。瀬野くん側にメリット何一つなくないか? と不思議に思ったが「行きたい」と言ってくれたのが嬉しかったのでコクリと頷いた。瀬野くんは何故かとても嬉しそうに笑った。
駄菓子屋に来ていいと言っただけで? 実際には言ってもないし……。(頷いただけ)
――ほんと、顔は良いのになかなか変な人だよな。
そう思ったのは内緒だ。
弁当を食べ終わると、一緒に入っていたおやつを手に取る。今日のおやつは一口ゼリー二つとねり飴だ。保冷剤のお陰で冷え冷えなゼリーは最高に美味しい。瀬野くんの弁当袋にも同じおやうが入っていたようで、俺と同じようにゼリーを食べていた。
そして、ゼリーを食べ終えた瀬野くんはねり飴を不思議そうに見たかと思えば、衝撃的な発言をする。
「なあ原田、『ねり飴』って何? どうやって食べんの?」
「……え?」
――嘘だろ? 瀬野くん、ねり飴食べたことないの!?
小さい頃から駄菓子に囲まれて育った俺にとってねり飴ももちろん身近なお菓子なので、まさかねり飴を食べたことないどころか知らない人がいるとは思わなかった。
もしかして都会にはねり飴が売ってないのか? いや、それは流石にないだろう。……ないよな?
それか瀬野くんがお坊ちゃま過ぎてねり飴を食べたことがないか。……たぶん後者だろう。
まあそれは置いといて。
「え、えっと……。そ、そこの、割り箸に……」
「これ?」
一緒に入っていた割り箸を取り出す瀬野くん。
「そ、そそそれ……。その上に、ねり飴をのの乗せて、練るの」
――な、なんとか説明できた。伝わってると良いんだけど……。
瀬野くんの顔を見ると、依然として不思議そうな顔をしている。
――……あ、これは伝わってないっぽいな。
こうなったら実践して見せたほうが早いと思い、自分のねり飴を袋から取り出し、ねり飴を割った割り箸の上に乗せる。それを瀬野くんは食い入る様に見ていた。
「こ、これを、こうして……。こうやって、練っていくの」
数回練ると、最初はピンク色だったねり飴が段々白みを帯びていく。
「これぐらいしたら、食べれる」
白くなったねり飴を見せ「わかった?」と瀬野くんに聞くと、「なんで練るの?」と聞き返された。
いやいや、そんなこと聞かれましても……。練るから『ねり飴』なんだよ! とは思ったものの、初めてねり飴を見る人からすれば元々柔らかい者をわざわざ練る意味がわからないのだろう。当たり前だ。
「えっと……、そうした方が、美味しくなる……らしい」
本当は練ることで食感や口当たりが変わったり食べやすくなったりするのだが、それを説明出来るほど長く喋ることは俺にはできない。
――ごめん、瀬野くん……。後でメールで送るから許してほしい。
一応俺の雑な説明で納得してくれた瀬野くんは、早速ねり飴にチャレンジしていた。
しかし、初めてで難しいのか何度かねり飴を零しそうになっていた。一言でいえば、危なっかしい。
なかなか白くならないねり飴に向かって遂には「早く白くなれよ〜!」とねり飴に訴えかけていた。いやいや、ねり飴に話しかけても白くはならないから……。
なんとも面白い光景に吹き出しそうになりながら、手伝ってあげようと思い瀬野くんの背後に回る。
後ろから瀬野くんの手を取ると、瀬野くんの肩がビクリと跳ねる。
「あ、ごめん……」
「い、いや! 急で驚いただけ!」
嫌だったのかと思い謝ったのだが、どうやら驚かしてしまったようだ。一言声をかけてから触ればよかったなと反省しながら瀬野くんの手をぎゅっと握る。
そして、瀬野くんの手を上手く動かしながらねり飴を練っていく。
「こうやって……は、八の字みたいに、練るのがコツ……です……」
段々白くなっていくねり飴。こっちの説明の方が分かりやすかったか確認しようと瀬野くんの顔を見ると、何故か彼の顔は何故か真っ赤に染まっていた。
「ど、どうしたの……!? あ、熱い?」
春だから天候はだいぶ暖かいし、今は塔屋の裏に居るので風も来ない。その状態で引っ付いたりしたから、俺の体温で熱くなってしまったのかもしれない。
「違っ! ……いや、そう」
やっぱりそうだったか……。
瀬野くんの言葉を聞き申し訳なさでいっぱいになる。今日は瀬野くんに迷惑をかけてばかりだ。
「ご、ごめん……!」
「いやいや! 全然大丈夫だから!」
瀬野くんは焦ったように手を振りながらそう言ってくれるが、言わせたようにしか思えなくて俺は瀬野くんの手を離して隣に座り直した。
その時瀬野くんが寂しそうな顔をしていたのを、俺は見ていなかった。
一応さっきのでコツを掴んだらしい瀬野くんは、先程の危うさなど嘘のように上手く練れるようになっていた。
数分後、瀬野くんの手には綺麗に白く染まったねり飴が完成していた。
「で、できたー!」
「凄い……!」
喜んでいる瀬野くんを見ると、こちらまで嬉しくなる。すると瀬野くんがこちらに右の手のひらを向けてきた。
よくわからず見つめ返すと「ハイタッチ!」と笑う瀬野くん。なるほどと納得しおずおず右手を上げると、瀬野くんが俺の手に自分の手を合わせてくる。
パチンッと痛快な音が屋上に響く。少しジンとした痺れも噛み締めるように手を握り締める。
瀬野くんには考えられないかもしれないが、俺にとっては初めての『友達』とのハイタッチなのだ。
「ん! 美味しい!」
「でしょ」
初めてのねり飴は大変お気に召したらしく、瀬野くんはぺろりと食べ切っていた。
「このねっちょりとした食感、癖になりそうー!」
「よかったら……また、うちに買いに、き……来てね」
「え!? 原田の駄菓子屋にねり飴売ってんの!?」
もちろんと頷くと、ぱあっと瀬野くんの顔が輝く。
――そっか。ねり飴初めて見たってことは、どこに売ってるのかも知らないのか。
一人で納得していると瀬野くんがスッと立ち上がる。
「そろそろ教室戻らなきゃだな」
「そうだね」
時計を見ると昼休み終了五分前、正直少し急がないと次の授業に間に合わない。
瀬野くんと……初めて『友達』と一緒に弁当を食べて、思ったよりはしゃいでいたみたいだ。
昨日の終電逃しといい、瀬野くんと一緒にいるとついつい時間を忘れてしまう。これは気をつけななければと心に刻み立ち上がると、瀬野くんがこちらに手を差し出している。これがどういう意味か、俺はもうわかってしまう。
朝の周りの視線が頭をよぎり、思わずジト目で瀬野くんを見るが彼は全く気にしてないようだ。
「さっきは原田から握ってくれたのに……」
「それはっ……!」
――それは、言葉じゃ上手く説明できなかったからで……!
焦って言い返そうとするが、焦るから言葉が全く出てこない。
なんとか何か言い返そうと頭をフル回転させ突っ立っている俺の手を瀬野くんはぎゅっと握り階段の方へ引っ張られる。
「あっ! ちょ、ちょっと……!」
「早く行かないと授業遅れるぞ〜!」
「ぐっ……!」
正論過ぎてぐうの根も出てこない。結局瀬野くんの思うがままだ。
瀬野くんに手を引かれながら廊下を怒られない程度に急いで走る。瀬野くんと違い普段運動しない俺は正直少し息切れ気味になっていた。
「原田!」
この状態で話しかけるか!? と顔を上げると、瀬野くんが楽しそうな笑顔で
「次は練ってないねり飴と練ったねり飴を食べ比べしたい!」なんて言うから、思わず笑ってしまって。
「……しようね」
俺がそう返事すると瀬野くんは驚いたように振り返って、「絶対だぞ!」とそれはもう綺麗に笑った。
***
ちなみに授業にはギリギリ間に合った。
クラスメイトは走って教室に入ってきた俺ら二人を不思議そうに見つめていたが、瀬野くんが「いや〜、時計見てなくてさ」と話すとすぐに納得したようだった。流石はクラスの中心、一軍男子だ。
補足するまでもないが、もちろん教室に入る前に手は離している。瀬野くんもわかっていたのか、教室前でスッと離してくれた。
正直助かった。流石にあのまま入るのは恥ずかしいからな……。
俺は肩で息をしながら他の友達と話している瀬野くんを遠くから見る。俺は息切れしてたのに瀬野くんは余裕そうだったのが解せない。
膝に手を付きながら、もう少し体力を付けようと心の中で密かに決意した。
改めて周りを見渡すが、ほとんど人の居ないそこに酷く驚く。屋上なんて、絶好の昼食スポットじゃないのか? 俺がきょろきょろ見渡していると隣で瀬野くんがクスクスと笑っていた。
「ほら、ここ風が強いだろ? だから三日くらい経つと皆屋上で食べなくなったんだよ」
確かに、この風の強さで弁当を食べるのはなかなか厳しい。ゆっくり食べれる空間ではないだろう。
そしてまさか、この中で弁当を食べるというのか? いや、連れてきたってことはそうなんだろうけど。こんなに風が強いと髪も乱れるし、何より食べづらそうだ。
――え? ここで食べるの? 本気か……?
そう思いまた瀬野くんの方を見ると、風で髪の毛が荒ぶり凄いことになっていた。流石にこれは綺麗過ぎる顔面でもカバー出来てなかった。面白すぎる。
「ぷっ……あはははは!」
俺の笑い声を聞いて瀬野くんがこちらを向く。その拍子に瀬野くんの髪の毛が更に踊り出す。
「ひっ……! や、ヤバい……! あははは!」
「……そんな面白い?」
「ま、待って……! その状態で、は、話しかけ、ないで……!」
失礼だとはわかっているのだが、どうしても笑いを堪えられない。瀬野くんのことを完璧なイケメンだと思っているせいでもあるだろう。
――こ、こんな瀬野くん見たことない……!
全く笑い止まない俺を見て何を思ったのか、瀬野くんが急に俺の頭をワシャワシャと掻き回してきた。
「ちょっ……!?」
「笑いやがってー! 原田の髪の毛もぐしゃぐしゃにしてやる!」
「待って、やめて〜!」
俺は瀬野くんから逃げるべく屋上を走り回る。しかし、サッカー部エースの足は伊達ではなく一瞬で捕まってしまう。
「原田確保ー!」
「待って……ほ、ほんとに、待って!」
「待ちませーん」
そう言ってまた髪の毛を乱暴に撫でられる。せっかく朝瀬野くんが寝癖直してくれたのに、台無しじゃないか。
――やられっぱなしは癪に障る……。
俺は瀬野くんの頭に手を伸ばし、朝は躊躇って触れなかった彼の綺麗な金髪にそっと触れる。
見た目通り柔らかい彼の髪を、次の瞬間思いっきり掻き回してやった。
「ちょっ……!? おい原田!」
「仕返し……!」
やってはやり返され、やり返されたらこちらもやり返し……。
はたから見たら取っ組み合ってるようにしか見えないであろう格好でお互いの髪を撫でくり回す。
十分後、屋上には台風の中歩いて来たのか? と疑いたくなるほど髪の毛が乱れまくった男子高校生二人が笑い疲れて倒れ込んでいた。
***
流石にこのままではまずいとお互いの髪の毛を軽く整えていると、気づけば昼休みが始まってもう十五分経っていた。そろそろ弁当を食べ始めないと時間がなくなってしまう。
瀬野くんも同じことを思ったのかのっそりと立ち上がり、こちらに「ん」と手を伸ばしてくる。素直に甘えて瀬野くんの手を取ると、ぐっと引っ張って立ち上がらせてくれた。
「そろそろ食べるか」
「うん」
俺の手を握ったまま瀬野くんが歩き出す。そのまま着いて行くと、瀬野くんは屋上の塔屋の裏に回りその場に座った。
「ここなら風来ないから」
確かに丁度塔屋が風除けになってくれているようで一切風が吹いていなかった。感心していると下からクイクイと手を引かれる。「早く座れ」と言うことだろう。瀬野くんの隣に座り、朝お母さんが持たせてくれた弁当を開く。
二段弁当の二段目に玉子焼きにウインナーにほうれん草と玉子の炒め物、ミートボール、ミニハンバーグ。一段目には白米が詰められており、上にふりかけがかけられ更にその上に海苔が置かれていた。いつも通りのよくある弁当だ。
同じ弁当を持たされた瀬野くんがパクリと玉子焼きを口に入れ「美味しい……」と零していた。良かったねお母さん、瀬野くん弁当美味しいって。
食べてる途中も瀬野くんが色々話しかけてくれたが俺はなかなか返事できないので首を縦と横に振って対応していた。それだけで喜んでくれる瀬野くんが神様に見えたと同時に、それだけで何故そんなに喜ばれるのかわからなくて不思議だった。
「原田、部活は入らないの?」
コクリ
「バイトあるから?」
コクリ
「また駄菓子屋行ってもいい?」
ちょっぴり迷った。来てくれてもこちらが出来ることがほとんどないから。
別に楽しく会話できるわけでもないし、何より遠いし。瀬野くん側にメリット何一つなくないか? と不思議に思ったが「行きたい」と言ってくれたのが嬉しかったのでコクリと頷いた。瀬野くんは何故かとても嬉しそうに笑った。
駄菓子屋に来ていいと言っただけで? 実際には言ってもないし……。(頷いただけ)
――ほんと、顔は良いのになかなか変な人だよな。
そう思ったのは内緒だ。
弁当を食べ終わると、一緒に入っていたおやつを手に取る。今日のおやつは一口ゼリー二つとねり飴だ。保冷剤のお陰で冷え冷えなゼリーは最高に美味しい。瀬野くんの弁当袋にも同じおやうが入っていたようで、俺と同じようにゼリーを食べていた。
そして、ゼリーを食べ終えた瀬野くんはねり飴を不思議そうに見たかと思えば、衝撃的な発言をする。
「なあ原田、『ねり飴』って何? どうやって食べんの?」
「……え?」
――嘘だろ? 瀬野くん、ねり飴食べたことないの!?
小さい頃から駄菓子に囲まれて育った俺にとってねり飴ももちろん身近なお菓子なので、まさかねり飴を食べたことないどころか知らない人がいるとは思わなかった。
もしかして都会にはねり飴が売ってないのか? いや、それは流石にないだろう。……ないよな?
それか瀬野くんがお坊ちゃま過ぎてねり飴を食べたことがないか。……たぶん後者だろう。
まあそれは置いといて。
「え、えっと……。そ、そこの、割り箸に……」
「これ?」
一緒に入っていた割り箸を取り出す瀬野くん。
「そ、そそそれ……。その上に、ねり飴をのの乗せて、練るの」
――な、なんとか説明できた。伝わってると良いんだけど……。
瀬野くんの顔を見ると、依然として不思議そうな顔をしている。
――……あ、これは伝わってないっぽいな。
こうなったら実践して見せたほうが早いと思い、自分のねり飴を袋から取り出し、ねり飴を割った割り箸の上に乗せる。それを瀬野くんは食い入る様に見ていた。
「こ、これを、こうして……。こうやって、練っていくの」
数回練ると、最初はピンク色だったねり飴が段々白みを帯びていく。
「これぐらいしたら、食べれる」
白くなったねり飴を見せ「わかった?」と瀬野くんに聞くと、「なんで練るの?」と聞き返された。
いやいや、そんなこと聞かれましても……。練るから『ねり飴』なんだよ! とは思ったものの、初めてねり飴を見る人からすれば元々柔らかい者をわざわざ練る意味がわからないのだろう。当たり前だ。
「えっと……、そうした方が、美味しくなる……らしい」
本当は練ることで食感や口当たりが変わったり食べやすくなったりするのだが、それを説明出来るほど長く喋ることは俺にはできない。
――ごめん、瀬野くん……。後でメールで送るから許してほしい。
一応俺の雑な説明で納得してくれた瀬野くんは、早速ねり飴にチャレンジしていた。
しかし、初めてで難しいのか何度かねり飴を零しそうになっていた。一言でいえば、危なっかしい。
なかなか白くならないねり飴に向かって遂には「早く白くなれよ〜!」とねり飴に訴えかけていた。いやいや、ねり飴に話しかけても白くはならないから……。
なんとも面白い光景に吹き出しそうになりながら、手伝ってあげようと思い瀬野くんの背後に回る。
後ろから瀬野くんの手を取ると、瀬野くんの肩がビクリと跳ねる。
「あ、ごめん……」
「い、いや! 急で驚いただけ!」
嫌だったのかと思い謝ったのだが、どうやら驚かしてしまったようだ。一言声をかけてから触ればよかったなと反省しながら瀬野くんの手をぎゅっと握る。
そして、瀬野くんの手を上手く動かしながらねり飴を練っていく。
「こうやって……は、八の字みたいに、練るのがコツ……です……」
段々白くなっていくねり飴。こっちの説明の方が分かりやすかったか確認しようと瀬野くんの顔を見ると、何故か彼の顔は何故か真っ赤に染まっていた。
「ど、どうしたの……!? あ、熱い?」
春だから天候はだいぶ暖かいし、今は塔屋の裏に居るので風も来ない。その状態で引っ付いたりしたから、俺の体温で熱くなってしまったのかもしれない。
「違っ! ……いや、そう」
やっぱりそうだったか……。
瀬野くんの言葉を聞き申し訳なさでいっぱいになる。今日は瀬野くんに迷惑をかけてばかりだ。
「ご、ごめん……!」
「いやいや! 全然大丈夫だから!」
瀬野くんは焦ったように手を振りながらそう言ってくれるが、言わせたようにしか思えなくて俺は瀬野くんの手を離して隣に座り直した。
その時瀬野くんが寂しそうな顔をしていたのを、俺は見ていなかった。
一応さっきのでコツを掴んだらしい瀬野くんは、先程の危うさなど嘘のように上手く練れるようになっていた。
数分後、瀬野くんの手には綺麗に白く染まったねり飴が完成していた。
「で、できたー!」
「凄い……!」
喜んでいる瀬野くんを見ると、こちらまで嬉しくなる。すると瀬野くんがこちらに右の手のひらを向けてきた。
よくわからず見つめ返すと「ハイタッチ!」と笑う瀬野くん。なるほどと納得しおずおず右手を上げると、瀬野くんが俺の手に自分の手を合わせてくる。
パチンッと痛快な音が屋上に響く。少しジンとした痺れも噛み締めるように手を握り締める。
瀬野くんには考えられないかもしれないが、俺にとっては初めての『友達』とのハイタッチなのだ。
「ん! 美味しい!」
「でしょ」
初めてのねり飴は大変お気に召したらしく、瀬野くんはぺろりと食べ切っていた。
「このねっちょりとした食感、癖になりそうー!」
「よかったら……また、うちに買いに、き……来てね」
「え!? 原田の駄菓子屋にねり飴売ってんの!?」
もちろんと頷くと、ぱあっと瀬野くんの顔が輝く。
――そっか。ねり飴初めて見たってことは、どこに売ってるのかも知らないのか。
一人で納得していると瀬野くんがスッと立ち上がる。
「そろそろ教室戻らなきゃだな」
「そうだね」
時計を見ると昼休み終了五分前、正直少し急がないと次の授業に間に合わない。
瀬野くんと……初めて『友達』と一緒に弁当を食べて、思ったよりはしゃいでいたみたいだ。
昨日の終電逃しといい、瀬野くんと一緒にいるとついつい時間を忘れてしまう。これは気をつけななければと心に刻み立ち上がると、瀬野くんがこちらに手を差し出している。これがどういう意味か、俺はもうわかってしまう。
朝の周りの視線が頭をよぎり、思わずジト目で瀬野くんを見るが彼は全く気にしてないようだ。
「さっきは原田から握ってくれたのに……」
「それはっ……!」
――それは、言葉じゃ上手く説明できなかったからで……!
焦って言い返そうとするが、焦るから言葉が全く出てこない。
なんとか何か言い返そうと頭をフル回転させ突っ立っている俺の手を瀬野くんはぎゅっと握り階段の方へ引っ張られる。
「あっ! ちょ、ちょっと……!」
「早く行かないと授業遅れるぞ〜!」
「ぐっ……!」
正論過ぎてぐうの根も出てこない。結局瀬野くんの思うがままだ。
瀬野くんに手を引かれながら廊下を怒られない程度に急いで走る。瀬野くんと違い普段運動しない俺は正直少し息切れ気味になっていた。
「原田!」
この状態で話しかけるか!? と顔を上げると、瀬野くんが楽しそうな笑顔で
「次は練ってないねり飴と練ったねり飴を食べ比べしたい!」なんて言うから、思わず笑ってしまって。
「……しようね」
俺がそう返事すると瀬野くんは驚いたように振り返って、「絶対だぞ!」とそれはもう綺麗に笑った。
***
ちなみに授業にはギリギリ間に合った。
クラスメイトは走って教室に入ってきた俺ら二人を不思議そうに見つめていたが、瀬野くんが「いや〜、時計見てなくてさ」と話すとすぐに納得したようだった。流石はクラスの中心、一軍男子だ。
補足するまでもないが、もちろん教室に入る前に手は離している。瀬野くんもわかっていたのか、教室前でスッと離してくれた。
正直助かった。流石にあのまま入るのは恥ずかしいからな……。
俺は肩で息をしながら他の友達と話している瀬野くんを遠くから見る。俺は息切れしてたのに瀬野くんは余裕そうだったのが解せない。
膝に手を付きながら、もう少し体力を付けようと心の中で密かに決意した。

