電車を降りバスに乗り換え、更に電車で数駅乗ればようやく学園の最寄り駅に着く。あとは十分ほど歩けば到着だ。その頃には周りに同じ白いブレザーの制服が沢山いた。中等部の頃から学園一イケメンと有名だったらしい瀬野くんは、当たり前のように高等部に入っても人気だった。
だからこそ、朝こうして通学路を歩いているだけでも注目される。
……いや、今日の場合は、『瀬野くんが野暮ったい地味男と手を繋いでいるから』注目されているのだ。
――やめてくれ、俺を見ないで! 目立ちたくない!
周りの「え? なんで瀬野くんがあんな奴と手を繋いでるの?」という視線に耐えきれなくなった俺はそっと手を離そうとしたが、隣にいる彼は許さないというようにぎゅっと握りしめてくる。痛い痛い。
「なに離そうとしてるの?」
「だ、だって……」
「怒らせたお詫びしたいって言ったのは原田でしょ? 約束通り、教室まではこのままだから」
――無理無理無理無理!
確かに「お詫びしたい」とは言った。しかし、こんなことになるとは思わなかったのだ。せいぜい何か奢ったりだとか、ちょっとした手伝いをすると思ってたのに……。
俺はガックリと項垂れ、過去の自分を叱責した。
――ふざけるな、適当なこと言うなよ俺!
今から数分前のバスに乗っている最中、もうかれこれ数十分以上無言で冷え切った空気のまま過ごしていた。それに耐えきれなくなった俺は、瀬野くんにあんな事を言ってしまったのだ。
「お、おお怒らせて、ごごめ、ごめん。あの……お詫び、するから……」
「……お詫び?」
「う、うん……!」
瀬野くんの優しい声に、下げていた頭をバッと上げる。瀬野くんが何を言ってくるかは分からないが、よほどのことでない限りは何でもするつもりだ。
――さあ、何でもどんと来い!
うーんと顎に手を当て考えている瀬野くんを、俺はじっと隣で待った。そして数分後、瀬野くんは笑顔でこう言った。
「じゃあさ、最寄り駅から教室に着くまで手繋いだまま行こ」
――はい?
正直最初は何を言われたのか分からなかった。脳が理解することを拒んだのだ。
――え、手繋いで? ……え?
そんなこと言われるとは一切想像していなかった俺は軽くフリーズする。
というか、腕を掴んで怒らせたお詫びが「手を繋ぐ」ってだいぶおかしくないか? それが嫌だから怒ったんじゃないのか?
色々ぐるぐる考えたが、俺に許されている返事は一つしかない。
「は、はい……」
……こうして、俺と瀬野くんは最寄り駅を降りた瞬間から手を繋いで歩き出した。
瀬野くんは「早く慣れてもらわないといけないしねー」なんて言いながら俺と手をニギニギと握る。なんで昨日からそんなに慣れることにこだわってるのか……。イケメンの考えることはよくわからん。
緊張で手汗出てないかなとか、イケメンは手まで綺麗なのかよとか、そういえば同い年の子と手繋ぐの初めてだなとか、関係ないことばかり浮かんでくる。
――友達でもない人と、よく手なんて繋げるな……。
「なんて?」
「へっ!?」
まさか、口に出ていたのか!? バッと繋いでいない方の手で口を隠すが、その仕草で何か言ったと確信されてしまった。我ながらアホだ。
「友達じゃないうんちゃら〜って聞こえたけど、もしかして原田、俺のこと友達だと思ってない?」
――いやいやいや、それはそうでしょ。俺と瀬野くんですよ? 天と地ほどの差があるんですよ?
俺と瀬野くんの関係は、あえて言うならただのクラスメイトだろう。会話したのだって昨日が初めてだし、瀬野くんのことを何も知らない。さすがに友達では、ないだろう……。
「いやでも、だって……」
「原田はさ、友達でもない人を家に泊めて同じベッドで寝るの?」
――た、確かに……!?
俺にとっては青天の霹靂だった。たしかに、友達でもない人とお泊りしたり一緒に寝たりはしない! と、思う……。友達とお泊りなんてしたことないからわかんないけど。
とにかく、瀬野くんが家に泊まってくれたのも、俺のことを『友達』だと思ってくれていたからか!
――俺と瀬野くんは、もう友達だったんだ……!
『初めての友達』という響きに頬が緩む。
――嬉しい、嬉しい!
友達友達〜! と舞い上がっていた俺は、学園に近づくにつれ増えていく周りの視線が、いつの間にか全く気にならなくなっていた。というか、気づいていなかった。
「……早くこれにも慣れてもらわないとなぁ」
だから、隣の瀬野くんがどんな顔をしていたのかも、その後ポツリと呟いた言葉も、もちろん気づいていなかった。
教室に入れば、『いつも通り』に戻った。
俺は一人席で静かに本を読む、瀬野くんはクラスメイトに囲まれて楽しそうに話をしている。
これが、いつもの関係。いつもの距離感。
瀬野くんは僕のことを『友達』って言ってくれたけど、それでもこの距離は、壁は埋まらない。
さっきまでの周りの探るような不思議そうな目線が嫌だったのも事実で、それから免れて少し安心している自分もいた。
俺はこうして、瀬野くんのことを少し離れた場所から見ているのが性に合っている。隣に並ぶのは、俺には荷が重いのだ。
戻った距離感にどこか安心しながら俺は視線を下げ、物語の世界に入った。
***
午前の長い授業が終わり昼休みになった。俺はお弁当を食べようと席を立つ。この一週間で人通りの少ない裏庭のベンチを見つけたのだ。
やはり皆が机をつなげてワイワイ食べている中、一人でポツンと座っているのは変に目立って気まずかった。
弁当袋を持ち教室を出ようとすると、後ろから誰かに腕をつかまれる。振り返ると、その正体は瀬野くんだった。
「あの、え、えっと……え?」
状況が理解できず掴まれた腕と瀬野くんの顔を何度も見比べてしまう。なんで瀬野くんも無言で腕をつかむんだ。
「原田、一緒に弁当食べよ」
「彰人〜! なにやってんだよ!」
一緒に食べようと誘ってくれたのと同時に、いつも瀬野くんの周りにいる取り巻きたちが「早くこっち来いよ!」と瀬野くんを呼ぶ。
その時、瀬野くんが一瞬面倒くさそうに顔を歪めたのは俺の見間違いではない、と思う……。
「あ、あの……呼んで、ますよ……?」
固まったように一向に動かない瀬野くんを取り巻きたちも不思議そうに見つめている。つまり、腕を掴まれているのをずっと見られている。
気まずくなった俺は取り巻きたちの方を指差してそう言ったのだが、相変わらず瀬野くんは全く動かなかった。
――え、なに? 瀬野くんってお地蔵様なの?
俺がどうしようか迷っていると、ようやく瀬野くんが動き出した。
「俺今日原田と食べるから! じゃ」
「は、原田と!?」
「彰人くん待ってぇ!」
驚愕した顔で俺のことを見つめる男子と、瀬野くんと一緒に食べたいが為に呼び止める女子を瀬野くんは無視し「行こう」と腕を引かれる。躓かないよう、なんとか体制を整えてついて行く。
「うぇっ!? い、いいの?」
「何が?」
「よ、呼んでたよ?」
「あぁ、別にいつもあいつらと食べてないからいいよ。いつも食べてる友達にはちゃんと連絡してるから」
そ、そうなんだ……。俺はいつも昼休みになった瞬間教室を出るので知らなかったが、いつもあの取り巻き達と弁当を食べてるわけではないらしい。
というか……
「せ、瀬野くん、他にも、とと友達居たん、ですね……」
「……急に辛辣だな。まあ話しかけてくれるだけで嬉しいけど」
――だって、あの人達(取り巻き)以外と喋ってるところ見たことないんだもん……。
そんな言い訳を心の中で呟きながら、俺は大人しく瀬野くんに着いていった。
だからこそ、朝こうして通学路を歩いているだけでも注目される。
……いや、今日の場合は、『瀬野くんが野暮ったい地味男と手を繋いでいるから』注目されているのだ。
――やめてくれ、俺を見ないで! 目立ちたくない!
周りの「え? なんで瀬野くんがあんな奴と手を繋いでるの?」という視線に耐えきれなくなった俺はそっと手を離そうとしたが、隣にいる彼は許さないというようにぎゅっと握りしめてくる。痛い痛い。
「なに離そうとしてるの?」
「だ、だって……」
「怒らせたお詫びしたいって言ったのは原田でしょ? 約束通り、教室まではこのままだから」
――無理無理無理無理!
確かに「お詫びしたい」とは言った。しかし、こんなことになるとは思わなかったのだ。せいぜい何か奢ったりだとか、ちょっとした手伝いをすると思ってたのに……。
俺はガックリと項垂れ、過去の自分を叱責した。
――ふざけるな、適当なこと言うなよ俺!
今から数分前のバスに乗っている最中、もうかれこれ数十分以上無言で冷え切った空気のまま過ごしていた。それに耐えきれなくなった俺は、瀬野くんにあんな事を言ってしまったのだ。
「お、おお怒らせて、ごごめ、ごめん。あの……お詫び、するから……」
「……お詫び?」
「う、うん……!」
瀬野くんの優しい声に、下げていた頭をバッと上げる。瀬野くんが何を言ってくるかは分からないが、よほどのことでない限りは何でもするつもりだ。
――さあ、何でもどんと来い!
うーんと顎に手を当て考えている瀬野くんを、俺はじっと隣で待った。そして数分後、瀬野くんは笑顔でこう言った。
「じゃあさ、最寄り駅から教室に着くまで手繋いだまま行こ」
――はい?
正直最初は何を言われたのか分からなかった。脳が理解することを拒んだのだ。
――え、手繋いで? ……え?
そんなこと言われるとは一切想像していなかった俺は軽くフリーズする。
というか、腕を掴んで怒らせたお詫びが「手を繋ぐ」ってだいぶおかしくないか? それが嫌だから怒ったんじゃないのか?
色々ぐるぐる考えたが、俺に許されている返事は一つしかない。
「は、はい……」
……こうして、俺と瀬野くんは最寄り駅を降りた瞬間から手を繋いで歩き出した。
瀬野くんは「早く慣れてもらわないといけないしねー」なんて言いながら俺と手をニギニギと握る。なんで昨日からそんなに慣れることにこだわってるのか……。イケメンの考えることはよくわからん。
緊張で手汗出てないかなとか、イケメンは手まで綺麗なのかよとか、そういえば同い年の子と手繋ぐの初めてだなとか、関係ないことばかり浮かんでくる。
――友達でもない人と、よく手なんて繋げるな……。
「なんて?」
「へっ!?」
まさか、口に出ていたのか!? バッと繋いでいない方の手で口を隠すが、その仕草で何か言ったと確信されてしまった。我ながらアホだ。
「友達じゃないうんちゃら〜って聞こえたけど、もしかして原田、俺のこと友達だと思ってない?」
――いやいやいや、それはそうでしょ。俺と瀬野くんですよ? 天と地ほどの差があるんですよ?
俺と瀬野くんの関係は、あえて言うならただのクラスメイトだろう。会話したのだって昨日が初めてだし、瀬野くんのことを何も知らない。さすがに友達では、ないだろう……。
「いやでも、だって……」
「原田はさ、友達でもない人を家に泊めて同じベッドで寝るの?」
――た、確かに……!?
俺にとっては青天の霹靂だった。たしかに、友達でもない人とお泊りしたり一緒に寝たりはしない! と、思う……。友達とお泊りなんてしたことないからわかんないけど。
とにかく、瀬野くんが家に泊まってくれたのも、俺のことを『友達』だと思ってくれていたからか!
――俺と瀬野くんは、もう友達だったんだ……!
『初めての友達』という響きに頬が緩む。
――嬉しい、嬉しい!
友達友達〜! と舞い上がっていた俺は、学園に近づくにつれ増えていく周りの視線が、いつの間にか全く気にならなくなっていた。というか、気づいていなかった。
「……早くこれにも慣れてもらわないとなぁ」
だから、隣の瀬野くんがどんな顔をしていたのかも、その後ポツリと呟いた言葉も、もちろん気づいていなかった。
教室に入れば、『いつも通り』に戻った。
俺は一人席で静かに本を読む、瀬野くんはクラスメイトに囲まれて楽しそうに話をしている。
これが、いつもの関係。いつもの距離感。
瀬野くんは僕のことを『友達』って言ってくれたけど、それでもこの距離は、壁は埋まらない。
さっきまでの周りの探るような不思議そうな目線が嫌だったのも事実で、それから免れて少し安心している自分もいた。
俺はこうして、瀬野くんのことを少し離れた場所から見ているのが性に合っている。隣に並ぶのは、俺には荷が重いのだ。
戻った距離感にどこか安心しながら俺は視線を下げ、物語の世界に入った。
***
午前の長い授業が終わり昼休みになった。俺はお弁当を食べようと席を立つ。この一週間で人通りの少ない裏庭のベンチを見つけたのだ。
やはり皆が机をつなげてワイワイ食べている中、一人でポツンと座っているのは変に目立って気まずかった。
弁当袋を持ち教室を出ようとすると、後ろから誰かに腕をつかまれる。振り返ると、その正体は瀬野くんだった。
「あの、え、えっと……え?」
状況が理解できず掴まれた腕と瀬野くんの顔を何度も見比べてしまう。なんで瀬野くんも無言で腕をつかむんだ。
「原田、一緒に弁当食べよ」
「彰人〜! なにやってんだよ!」
一緒に食べようと誘ってくれたのと同時に、いつも瀬野くんの周りにいる取り巻きたちが「早くこっち来いよ!」と瀬野くんを呼ぶ。
その時、瀬野くんが一瞬面倒くさそうに顔を歪めたのは俺の見間違いではない、と思う……。
「あ、あの……呼んで、ますよ……?」
固まったように一向に動かない瀬野くんを取り巻きたちも不思議そうに見つめている。つまり、腕を掴まれているのをずっと見られている。
気まずくなった俺は取り巻きたちの方を指差してそう言ったのだが、相変わらず瀬野くんは全く動かなかった。
――え、なに? 瀬野くんってお地蔵様なの?
俺がどうしようか迷っていると、ようやく瀬野くんが動き出した。
「俺今日原田と食べるから! じゃ」
「は、原田と!?」
「彰人くん待ってぇ!」
驚愕した顔で俺のことを見つめる男子と、瀬野くんと一緒に食べたいが為に呼び止める女子を瀬野くんは無視し「行こう」と腕を引かれる。躓かないよう、なんとか体制を整えてついて行く。
「うぇっ!? い、いいの?」
「何が?」
「よ、呼んでたよ?」
「あぁ、別にいつもあいつらと食べてないからいいよ。いつも食べてる友達にはちゃんと連絡してるから」
そ、そうなんだ……。俺はいつも昼休みになった瞬間教室を出るので知らなかったが、いつもあの取り巻き達と弁当を食べてるわけではないらしい。
というか……
「せ、瀬野くん、他にも、とと友達居たん、ですね……」
「……急に辛辣だな。まあ話しかけてくれるだけで嬉しいけど」
――だって、あの人達(取り巻き)以外と喋ってるところ見たことないんだもん……。
そんな言い訳を心の中で呟きながら、俺は大人しく瀬野くんに着いていった。

