迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

夕焼けの色が濃くなるほど、俺の中のざわつきは逆に静かになっていった。昼の教室みたいに視線を気にしなくていい。図書室みたいに声を殺さなくていい。帰り道は、ただ並んで歩くだけで成立する。だから、俺は呼吸を整えられた。

それでも、怖さが消えたわけじゃない。
悠真が「好き」と言ったときの熱も、俺が「俺も好き」と返したときの震えも、まだ胸の奥に残っている。残っているからこそ、次に何が起きてもいいように、俺はいつもみたいに“作業”で固めたくなる。予定、段取り、ルール。固定。そうやって自分を支える癖は、簡単にはなくならない。

でも、今日の帰り道で分かった。癖は消さなくていい。扱えばいい。
“横”と言えること。三呼吸で戻れること。消えそうなら固定で戻ること。そういう仕組みを、俺は自分のために作ったつもりでいたけど、半分は悠真が最初から用意していた。俺が気づかないふりをしていたところに、ずっと立っていた。見てた。横に立つって決めてた。——それが、悔しいくらい嬉しい。

「結城」

夕焼けの中で名前を呼ばれると、まだ胸がひゅっとなる。それでも俺は返せるようになった。

「なに、悠真」

名前で呼ぶだけで、俺は“逃げない”を選び直せる。たった二音三音の違いなのに、世界の輪郭が変わる。呼び方が変わると、距離が変わる。距離が変わると、怖くなる。でも怖さは、もう“消える理由”じゃなくなった。

家の角が見えて、いつもの分かれ道が近づく。ここで手を振るだけの関係に戻ったら、また遠くなる気がして、喉が熱くなる。言葉にしたい。でも、言葉にしたら崩れそうだ。崩れるのは怖い。なのに、今日は崩れてもいい気がした。

俺は足を止めずに、小声で言った。

「……また、明日も」

悠真が笑わずに「うん」と返す。

「明日も。固定」

固定、って言葉を、今は嫌じゃないと思えた。鎖じゃなく、帰れる場所。逃げないための手すり。俺はそれを受け取って、息を吸って、吐く。

結局、恋ってこういうものかもしれない。
いきなり世界が変わるんじゃなくて、逃げ方が変わる。
消える代わりに、戻ることを選べるようになる。

夕焼けの端が夜に溶けていく。俺はその境目を見上げて、胸の奥の怖さと一緒に、確かな温度を抱えたまま歩き続けた。