迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

放課後の校門を出ると、空がもう夕焼けに寄っていた。雲の端だけが赤くて、校舎の窓が少しだけ金色に反射している。昼のざわめきが嘘みたいに薄くなって、代わりに部活の掛け声と自転車のベルが遠くで鳴る。

俺は鞄の肩紐を握り直し、歩幅を整えた。並ぶのが当たり前になったみたいに。なった、と思った瞬間にまた胸がそわつく。図書室で名前を三回言ったのに、外に出ると急に“日常の声”に戻るのが難しい。

「……結城」

横から小声じゃない声で呼ばれて、俺の心臓が一拍遅れて跳ねた。図書室の静けさじゃない場所で名前を呼ばれると、現実味が強すぎる。俺は反射で周囲を見てしまう。誰も気にしてない。気にしてないのに、自分だけが勝手に意識している。

「……なに、悠真」

呼び返した。ちゃんと。声が少しだけ上ずった気がするけど、逃げなかった。悠真はそれを笑わない。夕焼けの中で、いつもの“薄いコメディ”を封印した顔をしている。

「今日、帰り一緒でいい?」

質問が柔らかい。決めつけじゃない。俺は一瞬だけ「当たり前だろ」と言いかけて、やめた。言いかけた言葉は強がりだ。強がりで固めると、また息が浅くなる。

「……いい」

短く言ったら、それだけで胸が少し楽になる。悠真は「よし」と小さく頷いて、俺と同じ速度に合わせた。たったそれだけで、夕焼けの道が少しだけ広くなる。

歩きながら、俺は白線の上を踏まないようにして、代わりに影の形を目で追った。言うことはある。文化祭のあと“ちゃんと話す”って約束もある。なのに、いざ二人きりになると、言葉が喉の奥で渋滞する。

「……さ」

俺が言い出すと、悠真が「うん」と返す。返すだけで、続きを急かさない。その待ち方がずるい。

「図書室の、練習」

「うん」

「……あれ、効くな」

言ってから、自分でも笑いそうになった。効くって何だ。悠真は少しだけ口角を上げる。

「だろ。結城が“慣れる”って言葉を使うの、珍しい」

「うるさい。……慣れたいだけ」

慣れたいだけ。名前に。並ぶことに。怖さを扱うことに。言い切った瞬間、夕焼けの赤が少し濃く見えた。

悠真が視線を前に置いたまま、ぽつっと言う。

「俺も、慣れたい。結城が消えない日常に」

その言葉が、軽くなくて、でも重くもなくて、ちょうど胸の奥に収まった。俺は息を吸って、吐いて、返す。

「……消えない。今日は、ちゃんと帰る」

悠真が「うん」とだけ言った。

夕焼けの道を、俺たちは言葉少なに歩く。触れない距離。逃げない距離。名前が混ざった日常の、最初の帰り道だった。