迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

昼休みの図書室は、音が薄い。ページをめくる気配と、椅子が床を擦る小さな擦過音だけが流れて、話し声は自然と喉の奥に引っ込む。俺は返却箱の横に立って、借りたままの資料集を抱え直した。委員会の反省会用に集めたやつ。名目はちゃんとしてる。なのに、ここへ来た理由は半分だけ違う。

窓際の席に、相澤——悠真がいた。いつも通りの顔で、いつも通りに本を開いてる。なのに、俺が近づくと視線がふっと上がって、そこでだけ空気が変わる。名前で呼んだのはさっき。まだ胸の奥が熱いままなのに、図書室は冷静を要求してくる。

「ここ、空いてる」

悠真が小声で言った。席を引かず、押し付けず、ただ選択肢だけ置く。俺は頷いて、向かいに座る。机の上に資料集を置くと、紙の角が揃う音が静けさの中で大きく聞こえた。

しばらく、二人とも本を開いたふりをする。ふり、の時間が続くほど、さっきの廊下の「悠真」が喉の奥で疼く。言い訳を考える。今だけって言った。固定って言うなって言った。全部、守りの言葉だ。守りの言葉のままじゃ、約束の「話す」に辿り着けない気がした。

俺はペンを転がして、止めた。音が立つから。代わりに、息を一つだけ深くして、言葉を落とす。

「……さっきの、呼び方」

悠真は本の端に指を挟んだまま、ページを閉じない。閉じないで、待つ。

「嫌じゃない。むしろ——」

むしろ、の先が詰まる。言うと、距離が変わる。距離が変わると、戻れなくなる。戻れなくなるのが怖い。怖いのに、戻りたくない。

「……嬉しかった」

やっと言えた。声は小さくて、図書室の静けさに負けそうだったのに、悠真はちゃんと聞き取って、うん、と頷いた。

「俺も。結城が名前で呼ぶの、ずるいくらい効く」

ずるい、の言い方が軽くて、でも目はまじめだ。笑いに逃げない。だから俺も逃げられない。

「じゃあ、呼ぶ」

俺は言ってしまって、すぐ心臓が跳ねた。悠真が眉を少し上げる。

「今、決めた?」

「……決めた。逃げないって言ったし」

言い終わると、耳が熱くなる。図書室で告白みたいな会話をしてるのが恥ずかしい。でも、恥ずかしさの奥に、足場がある。

悠真が声をさらに落として言った。

「じゃあ俺も。名字で壁作るの、やめる」

俺の喉が鳴った。呼び方が変わるのは、ただの言葉じゃない。扱い方の変更だ。固定の改訂だ。

「……結城」

悠真が、名字じゃなく名前で呼んだ。たったそれだけで、胸の奥が静かに揺れる。俺は返事を、言葉じゃなく小さな頷きで返した。

図書室の静けさは、俺たちを急かさない。
その代わり、誤魔化しも許さない。
俺は本を開き直しながら、ページの文字が全然頭に入らないのを、今日はもう諦めた。