迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

文化祭の翌週の教室は、片づけきれない余韻だけが残っていた。机の脚にまだガムテの跡があり、黒板の隅には「お疲れさま」の文字が薄く消えかけている。みんなはもう次の話題に移っていて、テスト範囲だとか、打ち上げの写真だとか、笑い声がいつも通りに転がる。いつも通り――のはずなのに、俺はその“いつも”の中に自分の居場所を探してしまう。

「結城、あの時の受付、神だったよな」
「相澤もさ、入口の説明めっちゃ上手かった」
「てか二人、ずっと一緒に動いてたよね?」

軽いノリの言葉が、軽いまま刺さる。悪意じゃない。むしろ称賛に近い。でも“ずっと一緒”という事実だけが、俺の胸の奥をくすぐって、同時に怖くする。視線がふと集まる瞬間がある。誰かがニヤつくわけでもなく、ただ興味で、ただ空気で。周囲の空気は、噂にするほど強くないくせに、無かったことにもしてくれない。

俺はノートを開くふりをして、呼吸を整えた。浅くならないように、ゆっくり。文化祭が終わったら話す――約束は残っている。残っているのに、教室という“日常”がそれを薄くしようとしてくるのが怖い。日常に戻ったら、体育館裏の短い接触も、放送室前の「好き」も、夢みたいに遠くなる気がして。

「結城」

相澤の声が後ろからした。振り返らなくても分かる距離。近づきすぎない、でも消えない距離。俺は鉛筆を置き、普通の顔のまま振り返った。

「なに」

「数学、プリント。ここの解き方、合ってる?」

作業の会話。日常の会話。周囲の空気を切り替える、相澤のやり方。俺は紙を受け取り、赤ペンの代わりにシャーペンで丸をつけた。指先は少しだけ熱いのに、声は平静に出せる。

「合ってる。ここ、符号だけ気をつけて」

相澤が「助かる」とだけ言って戻っていく。誰も気づかないふりをする。気づいていても、からかわないふりをする。教室の空気は、そうやって俺たちを“いつも通り”に押し戻す。

俺はノートの端に、小さく「固定」と書いた。見えないところに、約束を置くために。日常の中で埋もれないように。