放送室前の廊下は、文化祭の日だけ別の学校みたいに忙しい。出し物の呼び込みがすれ違い、スピーカーから試し鳴らしの音が漏れてくる。俺はお化け屋敷のSE用のスマホと、予備の録音データが入ったUSBを胸に抱えて歩いた。入口のざわめきから離れたはずなのに、さっきの暗幕の冷たさがまだ肩に残っている。
「結城、録音チェックだよな」
相澤が半歩外側を歩く。押さない距離。逃げない距離。俺は頷いて、放送室のドアの前で足を止めた。中から先生の声と雑音が混ざって聞こえる。機材の音は、それだけで心臓を落ち着かせるはずなのに、今日は逆に“失敗したら終わる”の方が先に来る。
「今、言葉。横?」
相澤が小さく聞く。俺は首を振った。
「……横じゃない。確認」
確認、と言えたのは、自分でも意外だった。相澤が頷く。
「よし。じゃ、作業一個ずつ。結城は再生、俺は音量。で、チェック項目は三つ」
相澤が指を折る。「①案内文が噛んでない」「②音割れなし」「③お化け屋敷のSEに負けない」。俺はイヤホンを片耳だけつけ、スマホの再生を押した。『お化け屋敷“案内放送室”です——』自分で書いた文が、他人の声で流れる。変な感じがして、胸が少しだけざわつく。
「……ここ、間」
俺が言うと、相澤がつまみを少し回す。「SEが入っても聞こえる」。短いやり取りが、入口裏の“三呼吸”みたいに効く。俺は次の文へ進めた。噛みはない。音割れもない。最後の注意文だけ、少し硬い。
「結城、ここ言い換える?」
「……今はしない。走らせる」
言い切ったら、相澤が小さく頷いた。「判断できてる」。褒めないのに、受け取ってくれる感じ。俺は再生を止めて、息を吐いた。怖さは消えない。でも、作業として手の中に収まる。
ドアの向こうで先生が「次どうぞ」と言う。相澤が俺の方を見ずに言った。
「終わったら、入口戻る。中は俺、外は結城。固定。——それで回す」
固定。俺は手袋の中で親指を立てた。続行の合図。相澤がそれを見て、何も言わずに頷く。放送室前の廊下で、録音の確認だけが終わって、俺はようやく“次”へ戻れる足場を見つけた。
「結城、録音チェックだよな」
相澤が半歩外側を歩く。押さない距離。逃げない距離。俺は頷いて、放送室のドアの前で足を止めた。中から先生の声と雑音が混ざって聞こえる。機材の音は、それだけで心臓を落ち着かせるはずなのに、今日は逆に“失敗したら終わる”の方が先に来る。
「今、言葉。横?」
相澤が小さく聞く。俺は首を振った。
「……横じゃない。確認」
確認、と言えたのは、自分でも意外だった。相澤が頷く。
「よし。じゃ、作業一個ずつ。結城は再生、俺は音量。で、チェック項目は三つ」
相澤が指を折る。「①案内文が噛んでない」「②音割れなし」「③お化け屋敷のSEに負けない」。俺はイヤホンを片耳だけつけ、スマホの再生を押した。『お化け屋敷“案内放送室”です——』自分で書いた文が、他人の声で流れる。変な感じがして、胸が少しだけざわつく。
「……ここ、間」
俺が言うと、相澤がつまみを少し回す。「SEが入っても聞こえる」。短いやり取りが、入口裏の“三呼吸”みたいに効く。俺は次の文へ進めた。噛みはない。音割れもない。最後の注意文だけ、少し硬い。
「結城、ここ言い換える?」
「……今はしない。走らせる」
言い切ったら、相澤が小さく頷いた。「判断できてる」。褒めないのに、受け取ってくれる感じ。俺は再生を止めて、息を吐いた。怖さは消えない。でも、作業として手の中に収まる。
ドアの向こうで先生が「次どうぞ」と言う。相澤が俺の方を見ずに言った。
「終わったら、入口戻る。中は俺、外は結城。固定。——それで回す」
固定。俺は手袋の中で親指を立てた。続行の合図。相澤がそれを見て、何も言わずに頷く。放送室前の廊下で、録音の確認だけが終わって、俺はようやく“次”へ戻れる足場を見つけた。
