迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

入口裏に戻ると、空気が急に広く感じた。暗幕の内側の冷たさがまだ肩に残っているのに、外のざわめきが薄くて、耳だけが置き去りになる。列が一瞬だけ途切れた。次の回まで、たった数十秒。誰も話しかけてこない。誰も見てない。なのに、息が浅いまま戻らない。

俺は受付台の裏でしゃがみ、膝に手を置いた。手袋の中の指がこわばって、開けない。心臓が早い。SEの低音が遠くで鳴っていて、さっきの暗闇がまだ胸の内側に貼り付いている。

相澤が入口の影から覗くように立った。近づかない。触れない。けど、見える位置。俺が望んだ距離を守るのが、逆に痛い。守られると、俺が弱いみたいで。弱いくせに、弱いって認めたくなくて。

「結城」

相澤が声を落とす。

「今、言葉」

俺は唇を動かして、やっと出した。

「……今、横」

言った瞬間、悔しさが込み上げる。横ばっかりだ。前日はこれでよかった。でも本番で“横”が増えるのは、俺が役に立ってない証拠みたいで怖い。

相澤は頷いて、短く言う。

「横、了解。三呼吸」

三分じゃない。三呼吸。短く区切ることで、俺が今ここを抜けられるようにしてくれる。俺は息を吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。浅いままでも、数を数えると少しだけ戻る。

「結城」

相澤が次を言った。声が柔らかい。

「今の、来てくれて嬉しかった。でも、逃げ場なしは危険。次は“俺が入る”だけでいい。結城は受付で回す」

嬉しかった、が痛い。言われると、また“特別”に落ちそうになる。俺は反射で言い返した。

「置いていかれたくなかっただけ」

言った瞬間、言い方が尖ったのが分かって、胸が冷たくなる。相澤は笑わない。否定もしない。

「うん。事実。で、それは悪くない。でも——」

相澤が一拍置いて、言葉を選ぶ。

「結城が消えたら、回らない。俺の方が困る。だから、入口の中は俺。外は結城。分担、固定」

固定。
その言葉が、入口裏の狭い空気に足場を作る。俺は膝から手を離して立ち上がった。まだ胸はざわついている。でも、人の流れが戻る前に、立てた。立てたことだけで、少し救われてしまうのが悔しかった。