相澤が入口に立った瞬間、空気の流れが変わった。列の先頭に向けて声を張り、手を上げ、視線を動かす。説明のテンポが一定で、待っている側の不安が少しずつほどけていくのが分かる。俺は受付裏で人数を数え、時間をメモし、次の回の札を回す。——“役割横”で、なんとか立っていられる。
なのに、逃げ場はなかった。
「すみません!中でライト切れたって!」
暗幕の内側から、スタッフの子が飛び出してくる。顔が青い。次の回まであと二分。列は伸びて、入口が詰まる。相澤が一瞬だけこちらを見る。助けを求めない視線。でも“必要”の視線。
俺の胸が跳ねた。入口に出ない、と決めたばかりなのに、“中”は別だと頭が言う。中は暗い。狭い。逃げ道がない場所。そこで何かが起きたら、俺の呼吸は浅くなる。浅くなるのが分かってるのに、相澤が中に入るなら——置いていかれたくない、が勝ってしまう。
「結城、受付お願い!」
相澤がそう言って、暗幕の中へ入る。背中が暗闇に吸い込まれる。その瞬間、俺の足が勝手に動いた。
「俺も——」
言いながら、もう暗幕をくぐっていた。外の甘い匂いが消えて、冷たい布の匂いに変わる。視界が一気に狭くなる。灯りは赤い豆電球だけ。SEが低く鳴って、心臓の音と混ざる。
(逃げ場、ない)
喉がきゅっと締まる。戻ろうとしたのに、後ろはすでにスタッフが暗幕を押さえている。列がある。止められない。相澤が前で振り返り、声を落とす。
「結城、言葉。今どっち?」
俺は親指を動かせない。手袋の中で指が固まっている。だから昨日の約束を思い出して、言葉で言った。
「……今、横」
声が震える。相澤はすぐに近づかない。近づかないまま、暗い通路の壁際を指で示す。
「横、了解。ここ。ライト交換だけ。結城、作業一個。俺が横に立つ。触らない。見える位置」
見える位置。逃げ場の代わりに、視線の足場を作る。相澤がライトの電池を素早く替え、スタッフに渡す。俺は壁に肩を預けて、息を吸う。吐く。狭いのに、相澤が“見える”だけで崩れない。
でも、逃げ場なしの暗さは容赦ない。作業が終わっても、出口はすぐじゃない。相澤が小声で言った。
「戻る。外。結城、俺の後ろ。距離は一歩」
俺は頷くしかなかった。暗闇の中で、置いていかれたくないのに、追いつくのが怖い。怖いまま、俺は相澤の背中を追った。
なのに、逃げ場はなかった。
「すみません!中でライト切れたって!」
暗幕の内側から、スタッフの子が飛び出してくる。顔が青い。次の回まであと二分。列は伸びて、入口が詰まる。相澤が一瞬だけこちらを見る。助けを求めない視線。でも“必要”の視線。
俺の胸が跳ねた。入口に出ない、と決めたばかりなのに、“中”は別だと頭が言う。中は暗い。狭い。逃げ道がない場所。そこで何かが起きたら、俺の呼吸は浅くなる。浅くなるのが分かってるのに、相澤が中に入るなら——置いていかれたくない、が勝ってしまう。
「結城、受付お願い!」
相澤がそう言って、暗幕の中へ入る。背中が暗闇に吸い込まれる。その瞬間、俺の足が勝手に動いた。
「俺も——」
言いながら、もう暗幕をくぐっていた。外の甘い匂いが消えて、冷たい布の匂いに変わる。視界が一気に狭くなる。灯りは赤い豆電球だけ。SEが低く鳴って、心臓の音と混ざる。
(逃げ場、ない)
喉がきゅっと締まる。戻ろうとしたのに、後ろはすでにスタッフが暗幕を押さえている。列がある。止められない。相澤が前で振り返り、声を落とす。
「結城、言葉。今どっち?」
俺は親指を動かせない。手袋の中で指が固まっている。だから昨日の約束を思い出して、言葉で言った。
「……今、横」
声が震える。相澤はすぐに近づかない。近づかないまま、暗い通路の壁際を指で示す。
「横、了解。ここ。ライト交換だけ。結城、作業一個。俺が横に立つ。触らない。見える位置」
見える位置。逃げ場の代わりに、視線の足場を作る。相澤がライトの電池を素早く替え、スタッフに渡す。俺は壁に肩を預けて、息を吸う。吐く。狭いのに、相澤が“見える”だけで崩れない。
でも、逃げ場なしの暗さは容赦ない。作業が終わっても、出口はすぐじゃない。相澤が小声で言った。
「戻る。外。結城、俺の後ろ。距離は一歩」
俺は頷くしかなかった。暗闇の中で、置いていかれたくないのに、追いつくのが怖い。怖いまま、俺は相澤の背中を追った。
