迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

歩幅を合わせられるだけで、いつもより道が短く感じた。駅前の信号が赤に変わり、人の波が止まる。俺も止まって、白線の上で靴先を揃えた。相澤は資料袋を肩にかけたまま、空を見上げるでもなく、横でじっと待っている。なんとなく、その“待ち方”が落ち着かない。

「相澤」

呼ぶと、彼はすぐに俺を見る。

「なに?」

「……明日から、朝当番。遅れたら、迷惑――」

また言いかけて、俺は口を閉じた。迷惑って言葉を出した瞬間、全部が逃げになる気がしたからだ。相澤は少しだけ眉を上げて、俺の言いかけた先を待つ。

「……遅れない。ちゃんと行く」

言い直すと、相澤は「うん」とだけ返した。軽くも重くもない返事。だから余計に、俺は次の言葉を探してしまう。

信号が青に変わる。人が動き出す中、俺たちも歩き出した。駅のホームに降りる階段が見えてきて、そこで別れるのが分かっているのに、足が少しだけゆっくりになる。

「結城さ」

相澤が前を見たまま言う。

「さっき、迷惑って言いかけたろ」

「……うるさい」

「うるさくない。聞きたいだけ」

聞きたい、って言葉が意外で、俺は横目で相澤を見た。ふざけていない。印刷室前で見た真顔に近い目をしている。

「結城って、無理な時でも『大丈夫』って言うタイプだろ」

「……そうでも」

「そうだよ。顔に書いてある。今日もずっと」

相澤はそう言って、資料袋の取っ手を軽く持ち替えた。俺の荷物を持っている手が、ほんの少しだけ力んで見えた。

「だからさ」

彼が歩く速度を少し落とす。駅の雑踏の音が一瞬遠くなる。

「無理そうなら、ちゃんと言え。俺、聞くから」

“聞く”という言葉が、思った以上に胸の奥に落ちた。助けるでも、任せろでもなく、聞く。俺の中で一番足りなかったやつだ。俺は返事が遅れて、喉を鳴らした。

「……言えるか分かんない」

正直に出た声は、情けないくらい小さい。相澤は笑わない。代わりに、俺のほうを見て、短く頷いた。

「分かんなくてもいい。言おうとしたら、聞く。約束」

約束、なんて大げさなのに、相澤が言うと妙に現実的だった。階段の前で立ち止まる。相澤は資料袋を俺に差し出すでもなく、肩にかけたまま言った。

「じゃ、明日。遅刻したら迎えに行く」

「来なくていい」

反射で言い返したのに、相澤は「はいはい」とだけ笑って、背中を向けた。

そのまま人波に紛れていく背中を見送って、俺はポケットの中で鍵を握りしめた。“俺、聞くから”が残って、家の鍵がなかなか回らなかった。