迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

沈黙のまま作業が進むと、逆に手が速くなる。速くなるのはいいことのはずなのに、俺の場合は逃げだ。逃げ道を作るための速度。相澤が怒らないから、俺は余計に逃げ場所を探してしまう。

印刷物の束を抱えて廊下へ出た時、昼の光が眩しかった。掲示板へ向かう途中、スマホに「当番表」の画像が残っているのを思い出す。明日の朝当番、俺と相澤。固定。——固定を壊したくないのに、固定が怖い。話したいと言われたのが怖くて、俺は“別の形”に逃げようとする。

(当番、代わってもらえば…距離ができる)

距離ができれば、崖を見ずに済む。崖を見ずに済めば、俺は平気な顔で文化祭を回せる。そうやってまた、“作業でしか立てない俺”に戻れる。戻りたいのに、戻ったら後悔するのに、足はその方へ動く。

掲示板の前で相澤を待っていたら、相澤が紙束を持って来た。いつも通りの歩幅。いつも通りの顔。俺はその普通に、胸が痛くなって、先に言葉を切ってしまう。

「相澤。明日の朝当番」

相澤が「ん」とだけ返す。問い返さない。俺は言い訳の形にして投げた。

「……俺、代わってもらってもいい? 朝、クラス出し物の仕込み先に見たい」

嘘じゃない。仕込みはある。けど本音は違う。距離を作りたいだけだ。言いながら、自分でそれが分かって、喉が熱くなる。

相澤はすぐに「いいよ」と言わない。怒らない沈黙のまま、ほんの一拍置いてから聞いた。

「理由、それ本当?」

短い確認。追い詰めないのに、逃げだけは見逃さない確認。俺は掲示板のプリントを貼るふりをして、目を合わせない。

「……半分」

相澤が息を吐く。笑わない。小さく頷く。

「もう半分は?」

俺は言えない。言えないから、行動に逃げる。紙を貼り終えて、テープを引きちぎる音を大きくした。

「……今、言いたくない」

相澤は「OK」と言って、紙の端を押さえ直した。手袋越しじゃない指先が、テープの端を丁寧に馴染ませる。

「結城。当番交代、できる。でも、それで逃げるなら逆効果」

逆効果。胸が痛い。相澤は続ける。

「朝当番、三十分だろ。三十分だけ“普通に並ぶ”。それができたら、仕込み行け」

普通に並ぶ。昨日の昇降口の“普通”が、今は試験みたいに見える。俺は反発したくて、でも反発できない。自分が逃げてるのを認めたから。

「……分かった」

声が小さくて、情けない。相澤はそれを責めず、最後にだけ言った。

「行動で逃げるの、結城の癖。——癖は直すんじゃなく、扱う。明日、扱う」

扱う。
その言葉が、逃げ道を塞ぐんじゃなく、逃げ方を変える提案に聞こえて、俺はテープの端を押さえたまま頷いた。