「……分かった。終わったら」
そう言ったのに、相澤の「逃げないで話したい」が耳の奥で反響して、胸のざわつきが止まらなかった。今は火消し。前日追い込み。なのに“話す”が急に特別になって、足場じゃなくて崖に見える。
プリンタが紙を吐く音が、やけに大きい。俺は赤ペンを握り直して、言葉を押し込めようとした。でも押し込めるほど、喉の奥が熱くなる。
「……やめとけ」
ぽろっと出た声が、思ったより固い。相澤の手が一瞬止まる。
「結城?」
「話すとか、今じゃないだろ。終わったらって……そんなの、余裕あるやつの話だ」
相澤は反論しない。だから余計に、俺の言葉が加速する。止めたいのに止まらない。最大すれ違いの、あの感じ。
「俺、今は作業でしか立ってられない。『話したい』とか言われたら、足元ぐらぐらする。……固定とか、手すりとか、そういうのも」
言いながら、自分が何を否定してるのか分からなくなる。否定したいのは相澤じゃない。怖いのは“近づくこと”だ。でも怖いは、尖りに変換される。
「結城、俺は——」
相澤が言いかけたのを、俺は被せた。
「お前さ、勝手に“俺のため”に決めすぎ。話すって何? 何を? どういう意味? そういうの、今いらない。俺は文化祭を回したいだけ」
“だけ”が嘘なのに、“だけ”って言えば守れる気がしてしまう。相澤の目が少しだけ細くなる。怒ってるんじゃない。痛い顔だ。なのに俺は、さらに言い過ぎた。
「それに、俺が置いていかれるのが嫌とか言ったのも——撤回する。あれ、疲れてただけ。深い意味ない」
言った瞬間、胸がぎゅっと潰れた。深い意味、ある。あるから怖い。怖いから消そうとして、嘘を重ねた。
相澤はしばらく黙っていた。笑わない沈黙。印刷室の音だけが動く。その沈黙が耐えられなくて、俺は最後に致命傷を足した。
「……話したいなら、他でやれよ。俺じゃなくていいだろ」
言い終わって、やっと気づく。これは相澤を突き放す言葉だ。突き放したかったんじゃない。崖を避けたかっただけなのに、相澤を押してしまった。
相澤はプリント束をゆっくり机に置き、声を落とした。
「了解。今は作業。——結城が“俺じゃなくていい”って言うなら、俺は一旦引く」
引く、が本当に引く音になって、俺の肺が一瞬止まった。取り消したいのに、取り消せない。取り消すと、深い意味があると認めることになるから。
俺は赤ペンで、目の前の誤字に意味のない二重線を引いた。線が震える。
最大のすれ違いは、プリンタの唸りに紛れず、俺の胸の真ん中に残ったままだった。
そう言ったのに、相澤の「逃げないで話したい」が耳の奥で反響して、胸のざわつきが止まらなかった。今は火消し。前日追い込み。なのに“話す”が急に特別になって、足場じゃなくて崖に見える。
プリンタが紙を吐く音が、やけに大きい。俺は赤ペンを握り直して、言葉を押し込めようとした。でも押し込めるほど、喉の奥が熱くなる。
「……やめとけ」
ぽろっと出た声が、思ったより固い。相澤の手が一瞬止まる。
「結城?」
「話すとか、今じゃないだろ。終わったらって……そんなの、余裕あるやつの話だ」
相澤は反論しない。だから余計に、俺の言葉が加速する。止めたいのに止まらない。最大すれ違いの、あの感じ。
「俺、今は作業でしか立ってられない。『話したい』とか言われたら、足元ぐらぐらする。……固定とか、手すりとか、そういうのも」
言いながら、自分が何を否定してるのか分からなくなる。否定したいのは相澤じゃない。怖いのは“近づくこと”だ。でも怖いは、尖りに変換される。
「結城、俺は——」
相澤が言いかけたのを、俺は被せた。
「お前さ、勝手に“俺のため”に決めすぎ。話すって何? 何を? どういう意味? そういうの、今いらない。俺は文化祭を回したいだけ」
“だけ”が嘘なのに、“だけ”って言えば守れる気がしてしまう。相澤の目が少しだけ細くなる。怒ってるんじゃない。痛い顔だ。なのに俺は、さらに言い過ぎた。
「それに、俺が置いていかれるのが嫌とか言ったのも——撤回する。あれ、疲れてただけ。深い意味ない」
言った瞬間、胸がぎゅっと潰れた。深い意味、ある。あるから怖い。怖いから消そうとして、嘘を重ねた。
相澤はしばらく黙っていた。笑わない沈黙。印刷室の音だけが動く。その沈黙が耐えられなくて、俺は最後に致命傷を足した。
「……話したいなら、他でやれよ。俺じゃなくていいだろ」
言い終わって、やっと気づく。これは相澤を突き放す言葉だ。突き放したかったんじゃない。崖を避けたかっただけなのに、相澤を押してしまった。
相澤はプリント束をゆっくり机に置き、声を落とした。
「了解。今は作業。——結城が“俺じゃなくていい”って言うなら、俺は一旦引く」
引く、が本当に引く音になって、俺の肺が一瞬止まった。取り消したいのに、取り消せない。取り消すと、深い意味があると認めることになるから。
俺は赤ペンで、目の前の誤字に意味のない二重線を引いた。線が震える。
最大のすれ違いは、プリンタの唸りに紛れず、俺の胸の真ん中に残ったままだった。
