印刷室に戻ると、プリンタの唸りがいつもより低く聞こえた。紙の匂いが鼻に刺さる。机の上には差し替え用の掲示が山になっていて、誰かが貼った付箋が風でひらつく。俺は束を抱えたまま立ち尽くし、呼吸の浅さをごまかすように角を揃えた。
「結城、戻った」
相澤が言う。責めない声。俺は頷いて、「先生、これから行ける」とだけ答えた。相澤は“OK”と短く返して、用紙を補充しながら、ふっと視線を落とす。いつもなら冗談で空気を軽くするのに、今日はしない。しない代わりに、間を守る。
紙が一枚、吐き出される。
それを取った相澤が、俺の方を見ずに言った。
「結城。……俺も、話したい」
心臓が一拍遅れて跳ねた。昨日の「終わったら話したい」を、今ここで返されると思ってなかった。俺は赤ペンのキャップを外しかけて、止めた。
「今?」
「今じゃない。今は火消し」
相澤はそう言って、付箋に「先生確認→提出」「掲示差し替え→廊下」と書き足す。作業の字。作業の言葉。なのに、“話したい”だけが熱を持って残る。
「終わったら。今日の終わりで」
相澤が続ける。問いじゃなく、約束の形。押し付けじゃなく、固定の形。
俺は喉が詰まって、返事が遅れた。遅れた分だけ、胸の奥がざわつく。置いていかれる不安じゃない。逆だ。近づく不安。近づいて、名前が付いて、戻れなくなる不安。
相澤が印刷物を束ねながら、声を落とした。
「結城が昨日、“終わったら話したい”って言っただろ。俺、それ嬉しかった。だから、俺も言う。……逃げないで話したい」
逃げないで、が刺さる。でも今日の俺は、親指で連絡できた。三分横に倒せた。消えてない。
俺は赤ペンを置き、息を吸った。浅い息のままでも、言葉を一つだけ落とす。
「……分かった。終わったら」
相澤はそこで笑わない。大げさに頷かない。ただ、プリンタの横で小さく頷いて、作業の声に戻した。
「よし。じゃ、今は誤字。終わったら、話す。固定」
固定。
その一言が、炎上の真ん中に小さな足場を作る。俺は紙の束を受け取り、赤ペンを持った。呼吸はまだ浅い。でも、“終わったら”があるから、今は進める。
「結城、戻った」
相澤が言う。責めない声。俺は頷いて、「先生、これから行ける」とだけ答えた。相澤は“OK”と短く返して、用紙を補充しながら、ふっと視線を落とす。いつもなら冗談で空気を軽くするのに、今日はしない。しない代わりに、間を守る。
紙が一枚、吐き出される。
それを取った相澤が、俺の方を見ずに言った。
「結城。……俺も、話したい」
心臓が一拍遅れて跳ねた。昨日の「終わったら話したい」を、今ここで返されると思ってなかった。俺は赤ペンのキャップを外しかけて、止めた。
「今?」
「今じゃない。今は火消し」
相澤はそう言って、付箋に「先生確認→提出」「掲示差し替え→廊下」と書き足す。作業の字。作業の言葉。なのに、“話したい”だけが熱を持って残る。
「終わったら。今日の終わりで」
相澤が続ける。問いじゃなく、約束の形。押し付けじゃなく、固定の形。
俺は喉が詰まって、返事が遅れた。遅れた分だけ、胸の奥がざわつく。置いていかれる不安じゃない。逆だ。近づく不安。近づいて、名前が付いて、戻れなくなる不安。
相澤が印刷物を束ねながら、声を落とした。
「結城が昨日、“終わったら話したい”って言っただろ。俺、それ嬉しかった。だから、俺も言う。……逃げないで話したい」
逃げないで、が刺さる。でも今日の俺は、親指で連絡できた。三分横に倒せた。消えてない。
俺は赤ペンを置き、息を吸った。浅い息のままでも、言葉を一つだけ落とす。
「……分かった。終わったら」
相澤はそこで笑わない。大げさに頷かない。ただ、プリンタの横で小さく頷いて、作業の声に戻した。
「よし。じゃ、今は誤字。終わったら、話す。固定」
固定。
その一言が、炎上の真ん中に小さな足場を作る。俺は紙の束を受け取り、赤ペンを持った。呼吸はまだ浅い。でも、“終わったら”があるから、今は進める。
