廊下に出た瞬間、教室のざわめきが背中に貼り付いたまま離れなかった。チケットの束を抱えて早歩きしているのに、足が床に吸われるみたいに重い。息を吸ってるはずなのに、胸の上だけが動いて、肺の奥まで入ってこない。浅い。浅すぎる。吸うほど苦しくなる。
(先生。現物。許可。掲示。暗幕。)
頭の中で単語を並べて、崩れないようにする。並べれば作業になる。作業になれば平気になる。いつものやり方。なのに今日は、単語が滑る。手の中のチケットが紙じゃなく、責任の塊に感じる。
職員室前の掲示板が見えた瞬間、心臓が一段跳ねた。先生に話しかける。説明する。質問に答える。全部、今の浅い呼吸だと無理に見える。無理、が喉まで上がってきて、飲み込む。飲み込むたびに、喉が熱くなる。
(俺が全部やるな)
相澤の声が頭の奥で鳴る。分ける。半分。固定。分かってる。分かってるのに、体が先に「全部」を選びたがる。全部を選べば早い。早いのに、終わった後に自分が残らない。残らないのが怖い。怖いのに、前日は待ってくれない。
俺は職員室の引き戸の前で、いったん止まった。止まった瞬間、呼吸がさらに浅くなる。止まると崩れる。だから、止まらずに入ればいいのに、足が動かない。
(合図)
親指のルールを思い出す。言葉が出ない時は、親指。横なら三分。立てたら続行。俺はチケットを抱えたまま、手袋の中で親指を横に倒した。誰にも見えない合図。見えないのに、効く。
「三分」
心の中で言って、壁際に寄る。廊下の冷たい壁に肩を預けるだけで、少しだけ胸の圧が下がった。息を吸う。吐く。吸う。吐く。浅いままでもいい。数を増やす。
(今は崩れていい。戻ればいい)
戻る、って言葉がまだ頼りない。教室に戻ったら、また同時炎上がある。戻ったら、また俺が全部やりたくなる。そう考えただけで息が詰まる。それでも、三分の中で一つだけ決めた。
“先生に会うのは、俺だけじゃない”
スマホを取り出して相澤に打つ。
『職員室前。息浅い。三分横。終わったら行く。』
送信して、既読が付く前に目を閉じた。
崩れながらでも、連絡できた。合図が出せた。
それだけで、まだ俺は“消えてない”と思えた。
(先生。現物。許可。掲示。暗幕。)
頭の中で単語を並べて、崩れないようにする。並べれば作業になる。作業になれば平気になる。いつものやり方。なのに今日は、単語が滑る。手の中のチケットが紙じゃなく、責任の塊に感じる。
職員室前の掲示板が見えた瞬間、心臓が一段跳ねた。先生に話しかける。説明する。質問に答える。全部、今の浅い呼吸だと無理に見える。無理、が喉まで上がってきて、飲み込む。飲み込むたびに、喉が熱くなる。
(俺が全部やるな)
相澤の声が頭の奥で鳴る。分ける。半分。固定。分かってる。分かってるのに、体が先に「全部」を選びたがる。全部を選べば早い。早いのに、終わった後に自分が残らない。残らないのが怖い。怖いのに、前日は待ってくれない。
俺は職員室の引き戸の前で、いったん止まった。止まった瞬間、呼吸がさらに浅くなる。止まると崩れる。だから、止まらずに入ればいいのに、足が動かない。
(合図)
親指のルールを思い出す。言葉が出ない時は、親指。横なら三分。立てたら続行。俺はチケットを抱えたまま、手袋の中で親指を横に倒した。誰にも見えない合図。見えないのに、効く。
「三分」
心の中で言って、壁際に寄る。廊下の冷たい壁に肩を預けるだけで、少しだけ胸の圧が下がった。息を吸う。吐く。吸う。吐く。浅いままでもいい。数を増やす。
(今は崩れていい。戻ればいい)
戻る、って言葉がまだ頼りない。教室に戻ったら、また同時炎上がある。戻ったら、また俺が全部やりたくなる。そう考えただけで息が詰まる。それでも、三分の中で一つだけ決めた。
“先生に会うのは、俺だけじゃない”
スマホを取り出して相澤に打つ。
『職員室前。息浅い。三分横。終わったら行く。』
送信して、既読が付く前に目を閉じた。
崩れながらでも、連絡できた。合図が出せた。
それだけで、まだ俺は“消えてない”と思えた。
