迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

暗幕を引き終えて、突っ張り棒の固定を確認する。手袋越しの感触は鈍いはずなのに、今日はやけに細かい。紐の結び目の硬さ、布の重さ、金具の冷たさ。全部が指先に残って、頭の中まで静かになる。

「ここ、もう少し右」

相澤が小声で言った。俺は頷いて、突っ張り棒をほんの数センチずらす。脚立の上から見える角度と、床から見る角度は違う。俺は設計図を思い出しながら、通路の幅を確認した。

「……OK。これで避難導線から離れる」

言った瞬間、相澤が脚立から降りてくる。足音が近い。倉庫は狭いから、どうしても近い。近いのに、今日は昨日みたいに遠くない。手袋の温度のせいかもしれない。手袋のせいにできるのが、ありがたい。

相澤が床に降りて、俺の横に立つ。暗幕の端を一緒に整える。俺が布の端を引くと、相澤が反対側を押さえる。呼吸が合う。合ってしまうのが怖いのに、合うほど作業は綺麗に決まる。

「結城、紐」

相澤が指差した。俺は結び直そうとして、手袋の指先が紐に引っかかった。ほどけない。焦って力を入れた瞬間、相澤の指が俺の指先に触れた。

ほんの一瞬。手袋越しじゃない、素肌の部分。手首の隙間。熱が直接伝わる。俺は息を止めた。相澤も止まった。二人とも動かない。倉庫の外の音が遠くなる。蛍光灯の唸りだけが、やけに大きい。

相澤が小さく言った。

「……触れた。ごめん。止める?」

止める? 三分? 親指?
俺は親指を動かせなかった。横に倒せば逃げになる。立てれば続行になる。どっちも怖い。俺はただ、紐を持ったまま、息を吐いた。

「……止めない」

声が震えた。相澤はすぐに手を離した。離し方が丁寧で、俺を壊さない離し方。離されたのに、指先の熱だけが残って、消えない。

「俺さ」

俺が言いかける。言いかけた言葉は、告白に似た場所に落ちそうで怖くて、途中で形を変えた。

「……俺、逃げない。今のやつからも」

相澤が目を細めた。笑わない。真面目に受け取る顔。

「うん」

短い返事。押してこない。だから俺は続けられた。

「まだ、名前は付けない。……でも、帰る場所は、固定でいい」

固定。俺の方から言った瞬間、胸の奥のざわつきが少しだけ静まった。告白じゃない。決めただけ。逃げないための決め。相澤が息を吐いて、ほんの少しだけ笑う。

「了解。固定、結城発」

“結城発”がくすぐったくて、俺は暗幕の端をもう一度だけ整えた。指先はまだ熱い。熱いまま、作業に戻れる。
それが今の俺には、十分だった。