迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

放課後の体育館倉庫は、昼より冷える。扉を開けた瞬間、段ボールと暗幕の匂いが混ざって、鼻の奥が少しだけ落ち着いた。突っ張り棒を借りてきたから、今日は設営が早い。早いはずなのに、指先だけが冷たくてうまく動かない。

「結城、手、赤い」

相澤が言った。俺は反射で手を隠しかけて、やめる。隠すのは癖だ。代わりに、握ったままの手を開いた。指の関節が白い。

「……寒いだけ」

「寒いだけなら、これ」

相澤がポケットから手袋を出して、俺の方へ差し出した。自分のじゃなく、予備の黒い手袋。たぶん朝から持ってたやつ。貸す、って行為がいきなり近くて、俺は一瞬だけ固まる。

「いい」

言いかけたのに、相澤は引かない。押しもしない。手袋を宙に止めたまま、短く確認を置く。

「触る。貸す。嫌ならやめる」

“触る前に言う”のルール。俺は喉の奥で息を整えて、親指を立てた。続行。相澤はそれを見て、手袋をそっと俺の手のひらに落とした。直接握らない。受け渡しの角度まで、ちゃんと守ってくるのがずるい。

手袋をはめると、内側の温度がまだ少し残っていた。相澤の体温の名残りみたいで、胸の奥がくすぐったくなる。俺はわざと視線を暗幕の方へ逃がした。

「……これ、借りたら返すから」

「返さなくていい、って言ったら?」

相澤が軽く言うから、俺は反射で睨みそうになって、でも睨めない。代わりに、作業の声で返す。

「返す。ルールだから」

「ルール好きだな」

「お前が作ったんだろ」

言い返したら、相澤が小さく笑った。笑いが静かで、倉庫の暗さに馴染む。俺は突っ張り棒を支点に合わせ、暗幕の端を引っかける。手袋越しだと布が滑らない。作業がちゃんと進む。

「結城」

相澤が脚立を押さえながら言う。

「これ、貸したの“寒いから”もあるけど」

俺の指が止まる。

「『手、痛い』って言えるようになったの、嬉しかった」

胸の奥が熱くなる。言い返そうとして、言葉が詰まる。代わりに、俺は暗幕の端を整えて、短く返した。

「……さっきのは、寒いだけ」

嘘じゃない。全部じゃない。でも、その全部じゃない言い方が、今は精一杯だ。

相澤が「うん」と受け取って、押さえる手に力を込めた。

「じゃあ今日も半分。手袋は、その半分の証拠」

証拠、なんて言われると、また逃げたくなるのに。手袋の中の指先だけは、確かに温かかった。