迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

図書室の脇は、廊下の中でも音が薄い。ドアの向こうからページをめくる音がたまに漏れて、足音は自然と小さくなる。朝当番を終えて突っ張り棒を借りる前、相澤が「ここで一回」と言って立ち止まった。

俺は資料袋を抱え直し、喉の奥に溜まっていた言葉を引っ張り出そうとした。昨日の尖り。準備室の喧嘩。廊下で去ったこと。全部、謝らなきゃいけない。謝るのが正しい。正しいのに、正しい言葉ほど出てこない。

「……昨日」

言ったところで、喉が詰まった。唾を飲み込む音だけが大きい。相澤が「うん」と頷く。促さない。待つだけ。待たれると余計に詰まるのに、それでも待つ。

「俺、あの時——」

続きが出ない。謝る、って言えば済むはずなのに、謝った瞬間に、俺が相澤の優しさに甘えたことまで認める気がして怖い。甘えた、って言葉は弱い。弱い自分を見せるのが怖い。

俺は無意識に手袋の中で親指を動かした。横に倒せば三分。逃げられる。逃げたくないのに、逃げ道だけが先に見える。

相澤が、俺の親指に気づいたのか、気づかないふりをしたのか、声を落として言った。

「結城、謝罪じゃなくていい。事実だけでいい」

事実。逃げ道を狭める言葉。けど、事実なら言えるかもしれない。

俺は息を吸った。

「……昨日、俺、尖った。言い方、きつかった。あと、廊下で先に行ったのも」

言いながら胸が痛い。痛いのに、言葉にすると少しだけ形になる。

相澤はすぐに「うん」と頷いた。許すでも責めるでもない頷き。事実を受け取る頷き。

俺は続けようとして、また詰まる。ここからが本題だ。置いていかれるのが嫌だ。待ってるが刺さる。相澤が特別になっていくのが怖い。——それを言ったら、関係の名前が変わる気がして怖い。

「……で」

声が震える。相澤は一歩近づかない。代わりに、俺の逃げ道側に立たない。逃げ道を残したまま言う。

「結城。今の“で”の先、言えないなら、固定でいい。22:30で続き」

固定。俺は昨日、救われた。今日も救われるのが悔しい。

「……今、言いたい」

言いたい、と言った瞬間、喉がまた詰まった。言いたいのに言えない。矛盾が声になる。

相澤が小さく息を吐く。

「じゃ、短く。単語でいい」

単語。単語なら、逃げずに出せるかもしれない。

俺は唇を噛んで、ようやく一つだけ落とした。

「……ごめん」

それだけで、胸の奥が熱くなって、俺は目を逸らした。図書室の静けさが、謝罪の後の空白を大きくする。相澤はその空白を埋めない。ただ、同じくらい小さい声で返した。

「うん。受け取る」

受け取る。
その言葉に、俺はまた救われてしまって、息の仕方を忘れそうになった。