迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

相澤の「行こう」に、俺は「うん」と返したはずなのに、声になっていなかったかもしれない。昇降口のざわめきに紛れて、喉の奥で消えた気がした。だから俺は、代わりに一歩だけ早く歩いた。先に行くんじゃなく、横に揃えるための一歩。

相澤はそれを見て、何も言わない。笑わない。からかわない。昨日までなら「結城、今日は素直」とか言ってきたくせに、言わない。言わないのが、ずるい。ずるいのに、胸がほどける。

階段へ向かう廊下で、俺の肩が誰かの鞄にかすりそうになった。俺が反射で身を引くより先に、相澤が半歩外側へ出て、人の流れを受け止めた。触れない。触れないけど、壁になる。俺はそれを横目で見て、息が詰まりそうになった。

(普通に待ってるだけなのに)

昨日の夜、俺は「いる」と送って、戻った気になっていた。でも本当は、こういう“何も言わない普通”の方が、俺には効く。何も言わない普通は、俺に選ばせる。逃げないで隣に並ぶか、また距離を作るか。相澤は押さない。押さないのに、俺の方が勝手に戻る。

教室の前で立ち止まった時、俺は鞄の肩紐を握り直した。いつもの癖で、何かを掴んでいないと落ち着かない。相澤がドアの前で一瞬だけ振り返って、声を落とした。

「結城。昨日のこと、謝れとか言わない。……戻ってきたの、偉い」

偉い、がまた刺さる。褒められると逃げたくなるくせに、逃げたくない。俺は目を合わせられずに、床の線を見たまま小さく言った。

「……待ってたの、そっちだろ」

自分でも驚くくらい、素直な言葉が出た。言った瞬間、顔が熱くなる。撤回したくなる。でも撤回しない。撤回しなかったのは、相澤が昨日みたいにすぐ返事をしないからだ。すぐ返事をしないで、ただ一拍置いてから、いつもの軽さを一滴だけ混ぜた。

「待ってた。だって固定だし」

固定、という言葉が、今は鎖じゃなくて手すりみたいに感じる。俺は喉の奥で小さく笑ってしまって、慌てて咳払いで隠した。隠したのに、相澤は気づいたふりをしない。

ドアが開いて、教室の声が流れ込む。その中へ入る直前、俺は手袋の中で親指を立てた。続行の合図。相澤は横目でそれを見て、何も言わずに頷いた。

救われてしまう。
悔しいのに、救われる。
そのまま俺は、相澤の隣で教室へ入った。