迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

朝の昇降口は、空気だけが先に動いている。吐く息が白くて、床のタイルがやけに冷たい。俺は靴箱の列に足を止めて、無意識に周りを探した。探す自分が嫌で視線を落としかけた、そのタイミングで――いた。

相澤はいつもみたいに、柱の横に寄りかからず、ただ普通に立って待っていた。スマホも見てない。手袋を片方の手に丸めて、もう片方の手でカバンの肩紐を押さえている。誰かに声をかけられても笑って返すけど、長話はしない。待つ姿が、特別じゃない顔をしてるのが逆に刺さる。

俺が近づくと、相澤は「おはよ」とだけ言った。昨日みたいに「特別枠」も「逃げんな」も言わない。普通の挨拶。普通の声。なのに、胸の奥がきゅっとなる。

「……おはよ」

返した俺の声は、少しだけ掠れていた。相澤はそれを指摘しない。代わりに、靴箱の前の混雑を見て一歩だけ外側にずれ、俺の立つ場所を空ける。囲うでも押すでもない、ただの配慮。

「昨日、寝れた?」

質問も普通だ。俺は一瞬だけ言葉に詰まって、結局、短く答えた。

「……まあ」

相澤は「そっか」と頷いて、それ以上掘らない。掘られないのが、ありがたいのに、少しだけ寂しい。そんな自分がまた嫌で、俺は靴紐を結び直すふりをした。

相澤が小声で言う。

「今日、朝当番のあと。突っ張り棒。行ける?」

「……行ける」

返事が出た瞬間、相澤の目がほんの少しだけ柔らかくなった。大げさに喜ばない。確認だけ、受け取るだけ。

「よし。じゃ、行こう」

その「行こう」が、ただの段取りの言葉なのに、昨日の『いる?』『いる』の続きみたいに聞こえた。俺は靴を揃えて立ち上がり、相澤の隣に並んだ。距離は近いのに、今日は遠くない。普通に待ってくれている、それだけで、戻れる気がした。