夜。自室の灯りは暖色で、昼の蛍光灯よりずっと優しいはずなのに、俺の目は冴えていた。机の上のプリント束は片づけた。明日の段取りもメモにした。やることは揃ってる。揃ってるのに、胸の中だけが揃わない。
準備室で言った「置いていかれるのが嫌なんだよ」が、遅れて効いてくる。言った瞬間は必死で、言えたことに安心したのに、今は恥ずかしさが勝って、布団に潜りたくなる。しかも、廊下で俺は結局、相澤の横をすり抜けて先に行った。戻ると言ったのに、去った。去ったのは作業のためだと言い訳しても、半分は逃げだ。
(逃げんな)
相澤のLINEの文字が、頭の中で点滅する。怒られたくないんじゃない。怒られてもいい。むしろ怒られた方が、俺は楽だ。問題は、相澤が怒らないことだ。引く。待つ。固定する。追い詰めない。そういう優しさが、俺の逃げを“逃げのまま”にしない。だから痛い。
スマホの画面を開く。22:28。特別枠の時間が近い。指先が冷える。行く、と送った。固定、と決めた。なのに、いざとなると「無理」と送りたくなる。無理と送れば、また相澤は「OK」と言う。言ってくれる。言ってくれるのが分かってるから、甘えたくなる。
(甘えたくない。でも、甘えたい)
矛盾が胸の中でぶつかって、息が浅くなる。俺は机の端を掴んで、準備室の“親指”を思い出した。言葉が出ない時は合図。横に倒せば三分。立てれば続行。中間はない。中間を探すから苦しくなる。
22:30。通知が鳴る。
相澤からのメッセージは短い。
『いる?』
たった二文字。待ってる、より刺さる。確認で、逃げ道で、戻る場所だ。
俺は打った。
『いる』
送信した瞬間、胸の奥のざわつきが少しだけ形を変えた。後悔は消えない。廊下で去ったのも事実だ。けど、それ以上に自覚が残る。俺は置いていかれるのが嫌で、置いていかれたくない相手が、相澤なんだ。
それを認めた瞬間、怖さが増えるはずなのに、不思議と息が通った。
逃げた分だけ、戻りたくなる。
戻りたいから、逃げる。
その循環を、相澤は“固定”で止めようとしている。俺はようやく、それが優しさだと分かった。
準備室で言った「置いていかれるのが嫌なんだよ」が、遅れて効いてくる。言った瞬間は必死で、言えたことに安心したのに、今は恥ずかしさが勝って、布団に潜りたくなる。しかも、廊下で俺は結局、相澤の横をすり抜けて先に行った。戻ると言ったのに、去った。去ったのは作業のためだと言い訳しても、半分は逃げだ。
(逃げんな)
相澤のLINEの文字が、頭の中で点滅する。怒られたくないんじゃない。怒られてもいい。むしろ怒られた方が、俺は楽だ。問題は、相澤が怒らないことだ。引く。待つ。固定する。追い詰めない。そういう優しさが、俺の逃げを“逃げのまま”にしない。だから痛い。
スマホの画面を開く。22:28。特別枠の時間が近い。指先が冷える。行く、と送った。固定、と決めた。なのに、いざとなると「無理」と送りたくなる。無理と送れば、また相澤は「OK」と言う。言ってくれる。言ってくれるのが分かってるから、甘えたくなる。
(甘えたくない。でも、甘えたい)
矛盾が胸の中でぶつかって、息が浅くなる。俺は机の端を掴んで、準備室の“親指”を思い出した。言葉が出ない時は合図。横に倒せば三分。立てれば続行。中間はない。中間を探すから苦しくなる。
22:30。通知が鳴る。
相澤からのメッセージは短い。
『いる?』
たった二文字。待ってる、より刺さる。確認で、逃げ道で、戻る場所だ。
俺は打った。
『いる』
送信した瞬間、胸の奥のざわつきが少しだけ形を変えた。後悔は消えない。廊下で去ったのも事実だ。けど、それ以上に自覚が残る。俺は置いていかれるのが嫌で、置いていかれたくない相手が、相澤なんだ。
それを認めた瞬間、怖さが増えるはずなのに、不思議と息が通った。
逃げた分だけ、戻りたくなる。
戻りたいから、逃げる。
その循環を、相澤は“固定”で止めようとしている。俺はようやく、それが優しさだと分かった。
