迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

親指を横に倒した俺を見て、相澤は本当に引いた。引く、って言っても離れるんじゃない。追い詰める角度をやめる、という引き方だ。相澤は机の反対側へ回らず、扉の近くに立ったまま、視線を俺から外した。見ない。見ないで、でも“いる”。そのバランスがずるい。

「三分」

相澤が低く言う。腕時計をちらりと見るだけで、秒は数えない。俺の呼吸が整うまで待つ、っていう決め方。

俺は椅子に腰を下ろしそうになって、やめた。座ったら崩れる気がしたから、机に両手をついて立ったまま、息を吸う。吸って、吐く。喧嘩の言葉がまだ喉に残っていて、吐くたびに刺が抜けるみたいに痛い。

相澤は、その痛さを触らない。触らないまま、必要最低限だけ言った。

「結城。今は、答え出さなくていい」

答え。置いていかれるのが嫌だ、って言った続きの答え。好きとか、特別とか、そういう名前に近い答え。今出されたら、俺は逃げる。相澤はそれを分かってるから、出させない。

「……うん」

俺の返事は小さくて、情けない。相澤はそれでも「うん」と返して、静かに続けた。

「喧嘩したのも、今日の仕事が詰まってたのも、全部事実。結城が悪い、俺が悪い、じゃなくて——今は疲れてる」

疲れてる。そう言われた瞬間、胸の奥の罪悪感が少しだけ形を変える。悪いんじゃない、疲れてる。逃げでも言い訳でもなく、状態の説明。俺はそれを受け取るだけでいい。

相澤が、扉の前で片手をポケットに入れたまま言った。

「三分終わったら、俺は提出の続きに戻る。結城は、戻れるなら戻る。戻れないなら、撤収。どっちでもいい。——結城が消える方が嫌だから」

最後だけ、声が少し柔らかい。消える。今日何度目かの言葉。それが怖いのに、救いでもある。

俺は息を吸って、吐いて、机の端から指を離した。指先の力が抜ける。肩も少し落ちる。喧嘩のピークはまだ胸の中にあるけど、爆発はしない。相澤が“追い詰めない引き方”をしてくれたからだ。

「……戻る」

絞り出したら、相澤はすぐに頷いた。

「よし。じゃ、戻る。今は作業。話は22:30。固定」

固定。逃げんな。戻ってこい。
その言葉が、押さえつけじゃなく、帰れる場所になる。俺は椅子を引いて立ち上がった。まだ怖い。まだざわつく。でも、追い詰められてないから、歩ける。相澤が扉を開ける。廊下の音が戻ってきて、現実がまた始まった。