準備室の扉を閉めた瞬間、廊下の音がぷつっと切れた。プリンタの唸りも、誰かの笑い声も届かない。蛍光灯の白さだけが残って、逃げ場のはずの部屋が、今日は裁判所みたいに冷たく感じた。
相澤は先に入って、扉の前に立ったまま言った。
「今、話す?」
俺は机の端に資料袋を置く音を、わざと大きくした。
「話せって言ったのはお前だろ」
自分の声が尖っていて、耳が熱くなる。相澤は「うん」とだけ返して、逃げ道を塞がない位置に一歩ずれる。塞がないのに、逃げたくなくなるのが腹立つ。
「結城。さっきの『俺は子どもじゃない』、分かる。けど——」
「けど、何」
俺が被せる。止まれない。止まったら泣きそうで怖い。
「お前、俺のこと決めつけてる。読んだら抱える、確認したら潰れる。……俺の頭まで管理すんなよ」
言い終わった瞬間、喉が痛い。管理されたくないくせに、管理してほしい気持ちがどこかにある。それが嫌で、余計に強く言ってしまう。
相澤の目が一瞬だけ細くなった。怒ってるんじゃない。耐えてる顔だ。
「管理してない。事故を減らしてるだけ」
「同じだろ!」
声が跳ねて、蛍光灯の音が急にうるさくなる。準備室の白い壁が反響して、俺の言葉が戻ってくるみたいで気持ち悪い。
相澤が短く息を吸った。笑わない。誤魔化さない。だからこそ、次の言葉が重い。
「結城。俺が止めたのは、“結城が壊れる”のを見たくないからだ」
「……壊れる、って言うな」
そこだけ、刺さって声が落ちる。相澤はそれでも目を逸らさない。
「壊れるって言い方が嫌なら、別のにする。——結城が、消えるのが嫌だ」
消える。
その単語で、胸の奥がぐっと締まった。俺は反射で笑いそうになって、笑えなくて、代わりに机の端を掴んだ。
「……じゃあ、お前は? お前は平気なのかよ」
自分でも卑怯だと思う。話を逸らしてる。相澤は卑怯だと言わない。静かに答える。
「平気じゃない。焦ってる。だから、分けた」
「俺だけが危ないみたいに——」
「違う!」
相澤の声が初めて強くなって、俺は一瞬だけ黙った。相澤はすぐに音量を戻す。怒鳴らないように、息で制御してる。
「結城が危ないんじゃない。結城の“全部背負う”が危ない。——それを止めるのは、俺の役目じゃなくて、“二人のルール”だろ」
ルール。
親指。三分。半分。
俺が一緒に作ったはずの言葉が、喧嘩の中で正しさになって、余計に逃げられなくなる。
俺は口を開きかけて、結局、言えたのは一番みっともない本音だった。
「……置いていかれるのが、嫌なんだよ」
言った瞬間、視界が少し滲んで、俺は慌てて瞬きをした。相澤はすぐに近づかない。触れない距離のまま、でも声だけ柔らかくする。
「置いていかない。——でも、結城が自分で遠くする時は、戻ってこい。逃げんな」
逃げんな。さっきのLINEと同じ言葉。
俺は机の端を離して、手袋の中で親指を横に倒した。言葉より先に。
相澤がそれを見て、頷いた。
「横。三分。今は呼吸だけ」
喧嘩はピークのまま、でも崩れない形に切り替わる。
悔しいのに、救われてしまって、俺は息を吸った。
相澤は先に入って、扉の前に立ったまま言った。
「今、話す?」
俺は机の端に資料袋を置く音を、わざと大きくした。
「話せって言ったのはお前だろ」
自分の声が尖っていて、耳が熱くなる。相澤は「うん」とだけ返して、逃げ道を塞がない位置に一歩ずれる。塞がないのに、逃げたくなくなるのが腹立つ。
「結城。さっきの『俺は子どもじゃない』、分かる。けど——」
「けど、何」
俺が被せる。止まれない。止まったら泣きそうで怖い。
「お前、俺のこと決めつけてる。読んだら抱える、確認したら潰れる。……俺の頭まで管理すんなよ」
言い終わった瞬間、喉が痛い。管理されたくないくせに、管理してほしい気持ちがどこかにある。それが嫌で、余計に強く言ってしまう。
相澤の目が一瞬だけ細くなった。怒ってるんじゃない。耐えてる顔だ。
「管理してない。事故を減らしてるだけ」
「同じだろ!」
声が跳ねて、蛍光灯の音が急にうるさくなる。準備室の白い壁が反響して、俺の言葉が戻ってくるみたいで気持ち悪い。
相澤が短く息を吸った。笑わない。誤魔化さない。だからこそ、次の言葉が重い。
「結城。俺が止めたのは、“結城が壊れる”のを見たくないからだ」
「……壊れる、って言うな」
そこだけ、刺さって声が落ちる。相澤はそれでも目を逸らさない。
「壊れるって言い方が嫌なら、別のにする。——結城が、消えるのが嫌だ」
消える。
その単語で、胸の奥がぐっと締まった。俺は反射で笑いそうになって、笑えなくて、代わりに机の端を掴んだ。
「……じゃあ、お前は? お前は平気なのかよ」
自分でも卑怯だと思う。話を逸らしてる。相澤は卑怯だと言わない。静かに答える。
「平気じゃない。焦ってる。だから、分けた」
「俺だけが危ないみたいに——」
「違う!」
相澤の声が初めて強くなって、俺は一瞬だけ黙った。相澤はすぐに音量を戻す。怒鳴らないように、息で制御してる。
「結城が危ないんじゃない。結城の“全部背負う”が危ない。——それを止めるのは、俺の役目じゃなくて、“二人のルール”だろ」
ルール。
親指。三分。半分。
俺が一緒に作ったはずの言葉が、喧嘩の中で正しさになって、余計に逃げられなくなる。
俺は口を開きかけて、結局、言えたのは一番みっともない本音だった。
「……置いていかれるのが、嫌なんだよ」
言った瞬間、視界が少し滲んで、俺は慌てて瞬きをした。相澤はすぐに近づかない。触れない距離のまま、でも声だけ柔らかくする。
「置いていかない。——でも、結城が自分で遠くする時は、戻ってこい。逃げんな」
逃げんな。さっきのLINEと同じ言葉。
俺は机の端を離して、手袋の中で親指を横に倒した。言葉より先に。
相澤がそれを見て、頷いた。
「横。三分。今は呼吸だけ」
喧嘩はピークのまま、でも崩れない形に切り替わる。
悔しいのに、救われてしまって、俺は息を吸った。
