迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

相澤は笑わなかった。からかいもしない。慰めもしない。俺が尖って刺を出したままでも、いつもの「はいはい」も出てこない。そこが、逆に怖かった。笑って流してくれたら、俺も言い過ぎたって逃げられるのに、逃げ道を作られない。

相澤は俺の手元を見ない。図面の線も、歪んだ矢印も見ないふりをする。見ないふりが、俺のためだと分かってしまうのが痛い。倉庫で「押さない」ことで逃げ方が見えるって思ったのと同じだ。相澤が黙ると、俺の言葉だけが残る。残った言葉が、どれも尖っていて、取り消せない。

廊下の時計が、二回カチ、と鳴った。13:20までの残りを刻む音が、印刷室のプリンタの唸りと重なる。俺はペン先を動かし続けるしかなくて、二枚目の矢印を引き切った。避難導線から離す案。注記。赤の×。必要最低限。手は動いているのに、胸の奥だけが固い。

相澤が、ようやく口を開いたのは、俺が「二枚目、できた」と言いかけたその直前だった。

「……結城」

呼び方が、いつもより静かだ。俺は反射で顔を上げてしまった。相澤の目が、真面目で、疲れていて、でも怒ってはいない。怒ってないのに、俺は胸が痛くなる。怒られたほうが楽だった。

相澤は言葉を選ぶみたいに、一拍置いた。

「俺、笑わないで聞く。結城の尖り、理由があるって分かってるから」

笑わないで聞く。許可みたいな宣言。俺は喉が鳴った。言い返せない沈黙が、今度は俺の方に落ちる。

相澤は続ける。

「でも、時間ない。今は提出。終わってから、22:30で話す。——それでいい?」

“それでいい?”が、選ばせる問いで、逃げ道でもある。俺は悔しくて、でも頷いた。

「……いい」

相澤はそれ以上、踏み込まない。謝れとも言わない。許すとも言わない。淡々と、やるべき方に戻る。

「図面、写真撮る。二枚。送る」

相澤がスマホを構え、紙の上に影が落ちる。シャッター音が二回。あっという間に“提出物”になる。俺の線が、俺の尖りが、形になって本部へ行く。

相澤は画面を確認してから、低く言った。

「結城、仕事は完璧。尖ったのも、今は置いとけ」

置いとけ、が命令みたいなのに、どこか救いだった。俺はペンを置き、手のひらを見た。指先が少し震えている。相澤はそれを見て見ぬふりをして、送信ボタンを押した。

笑わない沈黙は、冷たくない。
冷たくないのに、痛い。
それでも、相澤が“置いとけ”と言ってくれたから、俺は今だけ、沈黙に立っていられた。