迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

夜、机の上のプリント束は片づけたのに、スマホだけがまだ“明日”を引っ張ってくる。22:30。特別枠。相澤の「待ってる」が頭の奥に残っていて、息をするとそこに触れるみたいで落ち着かない。

通知が鳴った。

『結城、今から5分だけ。明日の突っ張り棒と暗幕の段取り確認しよ』

作業連絡。たったそれだけ。断る理由なんてない。むしろ、返したほうが早い。早いのに、指が動かない。さっき倉庫で、親指を横に倒した時の申し訳なさが胸に残っている。言い返せない沈黙。近いのに遠い距離。あの空気の続きを、文字で続けるのが怖い。

(作業なら平気。……でも、作業ですら、今は無理)

俺は「今無理」と打って、消した。無理、の二文字は正直すぎて、相澤に“また横”って見抜かれる気がした。次に「風呂入る」と打って、消した。嘘になる。嘘が嫌だ。嫌なのに、正直も怖い。

結局、いちばん逃げやすい文を選んだ。

『ごめん、今日は作業連絡いい。明日で』

送信。既読が付くまでの一秒が長い。既読が付いた瞬間、心臓が跳ねて、俺はスマホを伏せたくなる。でも伏せない。逃げたくて送ったくせに、返事だけは見たい。

『了解。作業は明日でOK』

すぐ返ってきた。短い。追及がない。なのに胸が痛い。追及されない優しさが、俺の逃げを“許可”にしてしまうみたいで、余計に罪悪感が増える。

間を置いて、もう一通。

『22:30は? それも無理なら無理でいい』

それは、逃げ道みたいに見せた確認だった。ここで「無理」と言えば、たぶん相澤は本当に引く。引くのが正しい。引いてもらえば楽だ。でも、引かれたら怖い。俺の中の矛盾が、また喉を締める。

指が震える。俺は短く返した。

『22:30は行く』

送信。既読。秒で。

『うん。待ってる。作業の話しなくていい。』

作業の話しなくていい。
その一文で、俺の「明日で」がただの逃げだってバレていたことが分かる。分かった瞬間、恥ずかしくて、でも少しだけ救われてしまって、俺はスマホを握りしめたまま目を閉じた。

逃げたのに、逃げきれない。
逃げきれないのに、怖さの中に“戻れる場所”が残っている。
それがいちばん、ずるい。