体育館倉庫の扉を閉めると、外の音が一段落ちた。遠くのボールの音も、部活の掛け声も、厚い壁の向こうに押し込められる。代わりにここには、暗幕の布の匂いと段ボールの乾いた匂いが混ざっている。狭い。だから距離が近い。近いのに、今日の俺はその近さを受け取れない。
相澤は、いつもの“勝手に入ってくる距離”をしない。入口の薄い光のところに立ったまま、俺の正面には立たない。逃げ道を塞がない角度。逃げ道を残す角度。残されると、逆に胸がきゅっとする。塞がれたくないのに、残されると置いていかれた気がする。矛盾がまた増える。
「三分」
相澤が低く言って、手首の時計をちらりと見た。数えるでもなく、ただ“ここから始める”だけの合図みたいな言い方。
俺は段ボールの角に指先を置いた。冷たい紙。さっきからずっと、何かを掴んでいないと落ち着かない。相澤が女子に笑った顔が、勝手に浮かんでくる。俺が遠巻きに見ていた姿も浮かぶ。情けない。みっともない。そんな言葉が先に来て、言いたいことが詰まる。
「結城」
相澤が呼ぶ。近い声なのに、届く前に俺が弾く。弾いてる自覚があるのに止められない。
「……なに」
返事はまた素っ気ない。相澤はそれを責めない。責めないまま、確認だけを置く。
「怒ってない、怖い、原因わかる。…ここまで合ってる?」
「合ってる」
短く答える。相澤は頷いて、そこで踏み込まない。踏み込まないのに、逃げられない。倉庫の暗さが、逃げ場のはずなのに逃げ場にならない。相澤が“押さない”ことで、俺の逃げ方だけが見えるからだ。
「言える?」
相澤が聞く。声は柔らかいのに、胸の奥が痛い。言え、と言われてないのに、言えない自分がバレるのが痛い。
「……言えない」
やっと絞り出すと、相澤は「OK」とだけ言った。OK、が軽すぎて、重すぎる。許された気がして、余計に涙が出そうになるから。
「じゃ、言い方変える」
相澤が一歩だけ近づく。近づくのに、遠い。触れない距離。触れないからこそ、俺は何も受け取れない。
「結城、俺、今日の女子の件で“何か”した?」
質問が具体で、逃げ道がない。俺は段ボールの角を強く押した。紙が少し凹む。嫉妬、なんて言いたくない。けど、答えないと終わらない。
「……してない」
「じゃあ、結城が嫌だったのは“俺”じゃなくて、結城の中の何かだろ」
その言い方が正しくて、痛い。俺は視線を落としたまま、喉の奥で言葉を探した。近いのに遠い。相澤が遠いんじゃない。俺が遠くしている。分かってるのに、戻し方が分からない。倉庫の暗さが、今日はいちばん明るい場所みたいに感じた。
相澤は、いつもの“勝手に入ってくる距離”をしない。入口の薄い光のところに立ったまま、俺の正面には立たない。逃げ道を塞がない角度。逃げ道を残す角度。残されると、逆に胸がきゅっとする。塞がれたくないのに、残されると置いていかれた気がする。矛盾がまた増える。
「三分」
相澤が低く言って、手首の時計をちらりと見た。数えるでもなく、ただ“ここから始める”だけの合図みたいな言い方。
俺は段ボールの角に指先を置いた。冷たい紙。さっきからずっと、何かを掴んでいないと落ち着かない。相澤が女子に笑った顔が、勝手に浮かんでくる。俺が遠巻きに見ていた姿も浮かぶ。情けない。みっともない。そんな言葉が先に来て、言いたいことが詰まる。
「結城」
相澤が呼ぶ。近い声なのに、届く前に俺が弾く。弾いてる自覚があるのに止められない。
「……なに」
返事はまた素っ気ない。相澤はそれを責めない。責めないまま、確認だけを置く。
「怒ってない、怖い、原因わかる。…ここまで合ってる?」
「合ってる」
短く答える。相澤は頷いて、そこで踏み込まない。踏み込まないのに、逃げられない。倉庫の暗さが、逃げ場のはずなのに逃げ場にならない。相澤が“押さない”ことで、俺の逃げ方だけが見えるからだ。
「言える?」
相澤が聞く。声は柔らかいのに、胸の奥が痛い。言え、と言われてないのに、言えない自分がバレるのが痛い。
「……言えない」
やっと絞り出すと、相澤は「OK」とだけ言った。OK、が軽すぎて、重すぎる。許された気がして、余計に涙が出そうになるから。
「じゃ、言い方変える」
相澤が一歩だけ近づく。近づくのに、遠い。触れない距離。触れないからこそ、俺は何も受け取れない。
「結城、俺、今日の女子の件で“何か”した?」
質問が具体で、逃げ道がない。俺は段ボールの角を強く押した。紙が少し凹む。嫉妬、なんて言いたくない。けど、答えないと終わらない。
「……してない」
「じゃあ、結城が嫌だったのは“俺”じゃなくて、結城の中の何かだろ」
その言い方が正しくて、痛い。俺は視線を落としたまま、喉の奥で言葉を探した。近いのに遠い。相澤が遠いんじゃない。俺が遠くしている。分かってるのに、戻し方が分からない。倉庫の暗さが、今日はいちばん明るい場所みたいに感じた。
