迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

掲示板の前に立ち直った俺は、紙の端を押さえるふりを続けた。風もないのに、プリントが揺れる気がする。相澤が隣に来て「結城」と呼んだのが分かるのに、俺は返事を遅らせた。遅らせた分だけ、胸のざわつきが広がる。広がるのが嫌で、先に言葉を切った。

「……もう行くぞ」

自分の声が、思ったより冷たい。相澤が一瞬だけ黙って、俺の横顔を見たのが分かった。見られるのが怖くて、俺は掲示板の文字を追うふりをする。読めない。読む気もないのに、目だけが動く。

「さっきの件?」

相澤が小声で聞く。俺は即答した。

「別に」

言い切った瞬間、喉が痛い。別に、じゃない。別に、で済ませたくない。でも済ませないと、今ここで崩れる。俺は資料袋の角を握り、紙が鳴らないように力を殺した。

相澤は追い詰めない。追い詰めない代わりに、確認だけを置く。

「親指、どっち」

俺は手袋の中で親指を動かした。立てる、と言えば嘘になる。横にすれば、全部こぼれそうで怖い。だから、何もしない。何もしないでやり過ごす。そう決めた瞬間、相澤が俺の沈黙を拾うみたいに言った。

「……素っ気ないの、結城の“横”だな」

「勝手に決めるな」

声が少しだけ強くなる。自分でも驚く。相澤は笑わない。代わりに、掲示板の端を指で軽く押さえ直して、プリントが浮かないようにした。俺の代わりに“ここを整える”みたいに。

「決めてない。提案。三分だけ、場所変える。嫌なら、今日の特別枠、二十二時半でいい」

二十二時半。固定された言葉が、胸の奥に当たって、ざわつきが少しだけ形を持つ。俺は視線を落として、靴先を揃えた。

「……今は、やらない」

やっと言えた拒否。相澤はすぐに頷く。

「OK。じゃ、今は“歩く”。一人にしない。話さなくていい」

そう言って、相澤は俺より半歩外側を歩く位置に立った。人の波から、俺を押されない場所。囲うみたいに。俺は素っ気ないまま、頷きもしないまま歩き出した。
胸はまだざわついている。でも、置いていかれる怖さだけは、少しだけ薄かった。