準備室の蛍光灯の音が、一定で、やけに優しい。相澤が「数える」と言ったのに、数えない。秒を数える代わりに、俺の呼吸だけを見ている。見られるのは怖いはずなのに、相澤に見られるのは、なぜか“見張り”じゃない。
「結城」
相澤が低く呼んだ。俺は視線を上げるのが怖くて、机の角を見つめたまま返事をした。
「……なに」
「嫌じゃないのが怖い、って言っただろ」
俺は小さく頷く。喉が乾く。こういう話をすると、何かが決まってしまいそうで怖い。
相澤は、そこでいきなり結論を押し付けずに言った。
「じゃあ、“一緒”にする」
「……一緒?」
「うん。触れるのが必要な場面は、俺が勝手に触らない。触る前に言う。『支える』って。で、結城も、嫌なら『やめて』って言う。言えなかったら、後で言う。――それで“二人のルール”にする」
ルール。俺を縛るためじゃなく、俺を守るためのルール。さっき倉庫で作ったのと同じ匂いがする。俺は息を吸って、でもすぐには吐けなかった。相澤が続ける。
「あと、今日はさ。結城が崩れそうなとき、場所変えるの、俺が言うんじゃなくて」
相澤は一拍置いた。
「合図にしよう。結城が親指を立てたら“続行”。親指を横にしたら“場所変える”。言葉いらない」
言葉いらない。そこが、刺さった。俺は説明が苦手で、説明すると自分が自分じゃなくなる。言葉を出す前に崩れる。相澤はそこを、ちゃんと知っているみたいに提案する。
「……お前、そういうの、どこで覚えたの」
俺が絞り出すように言うと、相澤は肩をすくめた。
「結城相手に、必要になったから」
さらっと言うのに、胸の奥が熱くなる。必要。俺が誰かにとって“必要”って言われるのは、怖いはずなのに、怖さより先に、救われる感じが来る。
「一緒、ってさ」
相澤が言葉を続ける。
「結城が一人で背負わないって意味。俺が代わりに背負うって意味でもない。半分。さっき暗幕みたいに」
暗幕。重さが半分になった感覚が、手のひらに残っている。腕に触れた熱が怖かったのに、その熱があったから倒れなかったのも事実だ。
俺はゆっくり顔を上げた。相澤の目が真面目で、でも押しつけない。逃げ道も残している。
「……親指、横にしたら?」
「三分、場所変える。それで戻る。戻れなかったら、今日は撤収。結城が壊れる前にやめる」
壊れる前にやめる。そんな発想、俺の中にはなかった。やめるのは負けだと思っていた。相澤がそれを“勝ち”にしてくる。
俺は、掌の中で親指を動かしてみた。立てる。横にする。たったそれだけの合図で、俺の逃げ道が“逃げ”じゃなくなる。
「……分かった」
声が小さすぎて、相澤が聞こえたか不安になった。でも相澤はすぐに頷いた。
「よし。一緒な」
その「一緒」が、準備室の白い光の中で、俺の胸の奥を少しだけほどいた。怖さが消えたわけじゃない。でも、“一人”じゃない形が、初めて現実になった気がした。
「結城」
相澤が低く呼んだ。俺は視線を上げるのが怖くて、机の角を見つめたまま返事をした。
「……なに」
「嫌じゃないのが怖い、って言っただろ」
俺は小さく頷く。喉が乾く。こういう話をすると、何かが決まってしまいそうで怖い。
相澤は、そこでいきなり結論を押し付けずに言った。
「じゃあ、“一緒”にする」
「……一緒?」
「うん。触れるのが必要な場面は、俺が勝手に触らない。触る前に言う。『支える』って。で、結城も、嫌なら『やめて』って言う。言えなかったら、後で言う。――それで“二人のルール”にする」
ルール。俺を縛るためじゃなく、俺を守るためのルール。さっき倉庫で作ったのと同じ匂いがする。俺は息を吸って、でもすぐには吐けなかった。相澤が続ける。
「あと、今日はさ。結城が崩れそうなとき、場所変えるの、俺が言うんじゃなくて」
相澤は一拍置いた。
「合図にしよう。結城が親指を立てたら“続行”。親指を横にしたら“場所変える”。言葉いらない」
言葉いらない。そこが、刺さった。俺は説明が苦手で、説明すると自分が自分じゃなくなる。言葉を出す前に崩れる。相澤はそこを、ちゃんと知っているみたいに提案する。
「……お前、そういうの、どこで覚えたの」
俺が絞り出すように言うと、相澤は肩をすくめた。
「結城相手に、必要になったから」
さらっと言うのに、胸の奥が熱くなる。必要。俺が誰かにとって“必要”って言われるのは、怖いはずなのに、怖さより先に、救われる感じが来る。
「一緒、ってさ」
相澤が言葉を続ける。
「結城が一人で背負わないって意味。俺が代わりに背負うって意味でもない。半分。さっき暗幕みたいに」
暗幕。重さが半分になった感覚が、手のひらに残っている。腕に触れた熱が怖かったのに、その熱があったから倒れなかったのも事実だ。
俺はゆっくり顔を上げた。相澤の目が真面目で、でも押しつけない。逃げ道も残している。
「……親指、横にしたら?」
「三分、場所変える。それで戻る。戻れなかったら、今日は撤収。結城が壊れる前にやめる」
壊れる前にやめる。そんな発想、俺の中にはなかった。やめるのは負けだと思っていた。相澤がそれを“勝ち”にしてくる。
俺は、掌の中で親指を動かしてみた。立てる。横にする。たったそれだけの合図で、俺の逃げ道が“逃げ”じゃなくなる。
「……分かった」
声が小さすぎて、相澤が聞こえたか不安になった。でも相澤はすぐに頷いた。
「よし。一緒な」
その「一緒」が、準備室の白い光の中で、俺の胸の奥を少しだけほどいた。怖さが消えたわけじゃない。でも、“一人”じゃない形が、初めて現実になった気がした。
