リハの笑い声が戻って、暗幕の影がまた“通路”に戻っていく。俺は暗幕の端を押さえながら「大丈夫」と言いそうになって、飲み込んだ。びびった、と言えたのに、体の中の震えはまだ残っている。腕に触れた熱が消えないせいで、余計に呼吸が浅くなる。
「結城」
相澤が、周りに聞こえない声で呼んだ。俺は顔を上げられずに、うなずくだけ。相澤はそれだけで分かったみたいに、暗幕を持っていた手を放して代わりに誰かに渡す。
「すまん、俺ちょい抜ける。誘導、代わって」
「はーい」と軽い返事が返って、場は止まらない。止まらないまま、相澤が俺の横に来る。肩に触れない距離で、でも逃げない距離。
「三分、場所変える。ルール」
小声で言われて、胸の奥が少しだけ落ち着く。倉庫で作ったやつだ。俺は反射で「いい」と言いかけて、止める。いい、が嘘になる。だから小さく頷いた。
体育館の脇から校舎側に回ると、音が急に薄くなる。準備室の扉は半開きで、内側から蛍光灯の光が漏れていた。相澤が先に入って、俺に視線で「入れ」と合図する。俺は靴底を引きずるみたいに一歩入った。
ドアが閉まる。外の音が切れる。代わりに、蛍光灯の微かな唸りと、紙の匂いだけが残る。さっきの暗幕の黒と違って、ここは白い。白すぎて落ち着かないのに、同時に、呼吸が戻ってくる。
相澤は扉の前で立ち止まって、すぐに言った。
「痛いとこある?」
「ない」
言い切ったあと、俺は続けて正直に言った。
「……ただ、びびった。あと、触られたのが」
言った瞬間、顔が熱くなる。相澤は「うん」とだけ頷く。茶化さない。謝らない。正解の反応を探させない。
「触れたのが嫌だった?」
問われて、俺は首を横に振りかけて止まる。嫌じゃない。嫌じゃないのが怖い。言葉が詰まって、結局、曖昧なまま出た。
「……嫌じゃない。だから怖い」
相澤が初めて、少し息を吐いた。怒ってない。笑ってもない。
「そっか」
それだけ。なのに、胸の奥の緊張が一段落ちる。相澤が机の端を指で叩く。
「今、三分。数える。結城、呼吸して」
俺は頷いて、ゆっくり息を吸った。準備室の白い光の中で、心臓の音だけが少しずつ静かになっていく。
「結城」
相澤が、周りに聞こえない声で呼んだ。俺は顔を上げられずに、うなずくだけ。相澤はそれだけで分かったみたいに、暗幕を持っていた手を放して代わりに誰かに渡す。
「すまん、俺ちょい抜ける。誘導、代わって」
「はーい」と軽い返事が返って、場は止まらない。止まらないまま、相澤が俺の横に来る。肩に触れない距離で、でも逃げない距離。
「三分、場所変える。ルール」
小声で言われて、胸の奥が少しだけ落ち着く。倉庫で作ったやつだ。俺は反射で「いい」と言いかけて、止める。いい、が嘘になる。だから小さく頷いた。
体育館の脇から校舎側に回ると、音が急に薄くなる。準備室の扉は半開きで、内側から蛍光灯の光が漏れていた。相澤が先に入って、俺に視線で「入れ」と合図する。俺は靴底を引きずるみたいに一歩入った。
ドアが閉まる。外の音が切れる。代わりに、蛍光灯の微かな唸りと、紙の匂いだけが残る。さっきの暗幕の黒と違って、ここは白い。白すぎて落ち着かないのに、同時に、呼吸が戻ってくる。
相澤は扉の前で立ち止まって、すぐに言った。
「痛いとこある?」
「ない」
言い切ったあと、俺は続けて正直に言った。
「……ただ、びびった。あと、触られたのが」
言った瞬間、顔が熱くなる。相澤は「うん」とだけ頷く。茶化さない。謝らない。正解の反応を探させない。
「触れたのが嫌だった?」
問われて、俺は首を横に振りかけて止まる。嫌じゃない。嫌じゃないのが怖い。言葉が詰まって、結局、曖昧なまま出た。
「……嫌じゃない。だから怖い」
相澤が初めて、少し息を吐いた。怒ってない。笑ってもない。
「そっか」
それだけ。なのに、胸の奥の緊張が一段落ちる。相澤が机の端を指で叩く。
「今、三分。数える。結城、呼吸して」
俺は頷いて、ゆっくり息を吸った。準備室の白い光の中で、心臓の音だけが少しずつ静かになっていく。
