迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

暗幕の端を少し引き直そうとして、俺は足元の養生テープに気づかなかった。床に貼った仮止めのテープが、靴底に軽く引っかかる。次の瞬間、体が前に持っていかれて、視界がぐらっと傾いた。

「——結城!」

相澤の声が飛ぶ。間に合わない、と思ったのに、腕に熱が触れた。肘の少し上を掴まれる。引き上げられるというより、“倒れない場所”に戻される感覚。俺は反射で相澤の袖を掴み返して、息を止めた。

近い。近すぎる。暗幕の黒が光を吸って、外の笑い声が遠い。自分の心臓の音だけが、やたら大きい。

「立てる?」

相澤が小声で聞く。からかいでも指示でもない、確認だけ。俺は頷こうとして、喉が鳴った。

「……立てる」

「よし」

相澤はそれだけ言って、掴んでいた手をすぐ離した。離すのが早い。触れている時間を伸ばさない。伸ばせば変になるって、分かってるみたいに。俺の腕に残った熱だけが、遅れてじわっと広がった。

「テープ、危ないな」

相澤はもう仕事の顔に戻って、床のテープの端を指で押さえた。誰かが「大丈夫?」と声をかける。俺は「大丈夫」と言いそうになって、飲み込んだ。さっき決めた。顔に“平気”を書かない。

「……ちょっとびびった」

代わりに言ったら、周りが一瞬だけ静かになって、すぐに「あるある!」と笑いが起きた。笑いに混ざれるだけで、体の力が戻る。

相澤が俺の方を見て、ほんの少しだけ眉を下げる。

「怪我したら終わり。足元、見ろ。——俺も見る」

“俺も見る”が刺さった。見張るんじゃなく、見てくれる。俺はうなずいて、もう一度暗幕の端を持ち直す。指先がまだ少し震えているのに、さっきより怖くない。

相澤は何も言わずに反対側を持った。暗幕の重さが半分になる。俺の胸の奥の重さも、ほんの少しだけ、半分になった気がした。