迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

放課後、体育館の裏手は思ったより風が冷たかった。夕方の光が斜めで、地面の影が長い。倉庫から引っ張り出した暗幕は、畳んであるのにやたら重くて、腕がすぐにだるくなる。

「はい、リハ開始。まず暗幕設営」

相澤が“本部みたいな声”で言うから、近くにいた数人が笑った。笑いがあるだけで、昼の揉めた空気が遠くなる。俺はルーズリーフの導線図を開いて、床に置いた。

「入口ここ。受付ここ。通路、暗幕でこう。折り返しは…ここでいける」

指で示すと、みんなの目線が紙に集まる。紙の上では簡単なのに、現実は狭い。段ボールの山、椅子、長机。邪魔なものが多すぎる。

「暗幕、どこに吊るすの?」

女子が聞く。俺は一瞬、答えを探して喉が詰まりかけた。吊るすには支点がいる。突っ張り棒がない。ガムテは剥がれる。校内ルールもある。

「……ここ、柱と柱の間。養生テープで仮止めして、上は紐で結ぶ。落ちたら危ないから、下にも重り」

言いながら、自分の声が少し落ち着いてるのが分かった。設計の話になると、呼吸が戻る。相澤がそれを見て、うなずく。

「よし。じゃ、設営班。暗幕の端持って」

「はいはーい」と二人が手を挙げる。昼の“できない”が、“できる”に変わってるのが、少し嬉しい。俺は暗幕の端を持って、壁際へ運ぶ。相澤は反対側を持つ。重さが半分になるだけで、足元が安定する。

「結城、ここ固定。俺、上留める」

相澤が言い切って、脚立を持ってくる。誰かが「危ないから押さえる」と脚立の脚を押さえる。役割が回り始めると、俺の中の警報が静かになる。

暗幕が広がると、通路の輪郭が急に“それっぽく”なる。黒い布が光を吸って、そこだけ小さな夜みたいだ。俺は導線図と見比べて、距離を測る。

「ここ、詰まる。待機列、外に出る」

「じゃ、ここにもう一枚足す?」

「足す。…でも足す前に、入口幅を広げよう。誘導一人立てる」

言った瞬間、俺はハッとした。誘導を“俺がやる”と言いかけていた。癖が口元まで上がってくる。でも相澤が先に言う。

「誘導、俺。最初の動きだけ作る。慣れたら交代」

“俺がやる”が、ちゃんと場を回す方向に使われる。昼の教室と同じだ。俺は胸の奥が少しだけ痛くなって、それでも頷いた。

「OK。じゃ、誘導の立ち位置、ここ。声は小さくでいい。『こちらへどうぞ』だけ」

誰かが「それならできる」と言って立った。暗幕の影の中で、通路が一度、形になる。完璧じゃない。ズレてるところもある。でも、形になった。

相澤が脚立から降りながら言った。

「結城、これ、“ちゃんとガチ”だな」

「お前がガチでやるって言ったんだろ」

返したら、また笑いが起きた。
その笑いの中で、俺は気づく。今日、俺は一度も「俺が全部やる」って言ってない。言わなくても、回ってる。回るのを見てるだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。