迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

「うるさい」と返した俺に、相澤はわざとらしく息を吐いた。

「はいはい。出ました、朝の不機嫌」

「不機嫌じゃない」

「不機嫌だよ。顔が“触るな”って言ってる」

相澤が昇降口の柱にもたれて、俺の横顔を覗き込む。近い。だけど昨日みたいに息が詰まらないのが腹立つ。俺は掲示物の端を指で押さえ直して、剥がれないようにテープの角を丁寧に潰した。

「結城、テープに八つ当たりすんな」

「してない」

「してる。ほら、端、泣いてる」

「……泣いてるのはお前の語彙だろ」

言い返した瞬間、相澤が小さく笑う。笑われると、余計にムッとする。俺はテープから手を離して、深呼吸するふりをした。

「で、何が嫌だった?」

相澤の声が急に落ちた。からかいの温度のまま、核心だけをさらっと置く言い方。俺は反射で「別に」と言いかけて、止める。準備室で約束した。“隠すな”。言おうとしたら、聞く。

「……みんなが、お前のことだけ褒めるのが」

言った途端、喉が熱くなる。情けない。小さい。俺はすぐに続けて誤魔化そうとした。

「いや、褒められるのはいい。けど、俺が影みたいになるのが――」

「影?」

相澤が眉を上げた。笑わない。俺の言葉を拾う顔になる。

「結城、自分を影にする癖ある。で、影になってから『誰も見ない』って拗ねる」

「拗ねてない」

「拗ねてる。今、拗ねてる」

相澤がそう言って、俺の手袋を指でつまむふりをする。触れない。触れないのに、触れられたみたいに肩が跳ねた。

「ほら。反応でバレる」

「……うるさい」

「うるさい頂きました。二回目」

相澤は楽しそうに言うのに、視線だけは真面目だった。俺は目を逸らして、昇降口を通る人の波を眺める。誰かの「おはよー」が飛び交って、朝が普通に進む。その普通の中で、俺だけが変な場所に立ってる気がした。

「結城」

相澤が、少しだけ近づく。柱の影が重なる距離。逃げると分かる距離。

「褒められたいって言えばいい」

「言えるかよ」

即答したら、相澤が苦笑した。

「じゃあ俺が言う。結城、昨日の文言作った。導線描いた。安全設計した。――それ、俺が一番助かった」

助かった、って言葉が刺さる。嬉しいのに、嬉しいって顔をしたくなくて、俺はわざと目を細めた。

「……そういうの、人前で言うな」

「はいはい。じゃあ、人前じゃないとこで言う」

相澤が軽く笑って、でも最後だけ真顔になる。

「結城、嫉妬していい。拗ねてもいい。……その代わり、置いていくな。俺に」

その一言で、俺の不機嫌がどこに行けばいいか分からなくなった。結局、俺は頬を掻いて、小さく言う。

「……置いてかない」

相澤は「よし」とだけ言って、いつもの軽さを戻した。

「じゃ、朝当番。結城、指示」

「指示って何だよ」

「設計者の権限。はい、今日もガチでいきまーす」

腹が立つのに、笑いが喉まで来てしまって、俺はそれを飲み込むのに必死だった。