体育館に近づくほど、放課後の学校は別の顔になる。校舎側のざわめきが薄れて、代わりにボールの弾む音と、遠くの笛が空気を切る。夕方の冷えがコンクリに溜まっていて、足元からじわじわ上がってくる。相澤は何も言わずに歩く速度だけ合わせて、俺の横を外さない。逃げたい気持ちが一度だけ顔を出しても、逃げ道に向けて足が勝手に曲がらないように、さりげなく道を“真っ直ぐ”にしてくる。
体育館の裏手へ回ると、急に影が濃くなる。倉庫の扉は金属で、少し凹んだ傷がいくつもある。ここは人の目がない。だから怖い。人の目がない。だから言えるかもしれない。矛盾が喉に詰まって、俺は唾を飲み込んだ。
「三分な」
相澤が、もう一度確認するみたいに言った。
「……うん」
返事は小さくて、自分でも情けない。相澤は鍵束を取り出して、金属の音を鳴らした。カチャ、という音がやけに大きい。扉が開くと、ひんやりした空気と、古いマットと木の匂いが流れ出る。暗い。体育館の灯りが届かない奥が、黒く口を開けているみたいに見えた。
「入る?」
相澤が聞く。いつもの“勝手に”じゃない。俺は一瞬だけ迷って、でも頷いた。入らなかったら、今日の「怖い」を持ち帰って、また一人で抱える顔になる。分かっているのが悔しい。
倉庫の中は、段ボールと椅子と長机が積まれていて、隙間が細い通路になっている。床は冷たく、靴底がきゅっと鳴った。相澤が後ろで扉を閉める。ガチャン、と金属が響いて、外の音が一段遠のいた。
「……閉めた」
俺が思わず言うと、相澤は「逃げる?」と軽く返す。でも笑っていない。茶化しじゃない確認だ。
「逃げない」
言った瞬間、胸が痛くなる。逃げない、と言ったのは、相澤にじゃない。自分にだ。相澤は小さく頷いて、倉庫の入口側の薄い光が当たる場所に立った。近すぎない。遠すぎない。俺が呼吸できる距離。
「じゃ、三分。ここで」
相澤の声が静かで、俺の心臓の音だけがやたら大きく聞こえた。
体育館の裏手へ回ると、急に影が濃くなる。倉庫の扉は金属で、少し凹んだ傷がいくつもある。ここは人の目がない。だから怖い。人の目がない。だから言えるかもしれない。矛盾が喉に詰まって、俺は唾を飲み込んだ。
「三分な」
相澤が、もう一度確認するみたいに言った。
「……うん」
返事は小さくて、自分でも情けない。相澤は鍵束を取り出して、金属の音を鳴らした。カチャ、という音がやけに大きい。扉が開くと、ひんやりした空気と、古いマットと木の匂いが流れ出る。暗い。体育館の灯りが届かない奥が、黒く口を開けているみたいに見えた。
「入る?」
相澤が聞く。いつもの“勝手に”じゃない。俺は一瞬だけ迷って、でも頷いた。入らなかったら、今日の「怖い」を持ち帰って、また一人で抱える顔になる。分かっているのが悔しい。
倉庫の中は、段ボールと椅子と長机が積まれていて、隙間が細い通路になっている。床は冷たく、靴底がきゅっと鳴った。相澤が後ろで扉を閉める。ガチャン、と金属が響いて、外の音が一段遠のいた。
「……閉めた」
俺が思わず言うと、相澤は「逃げる?」と軽く返す。でも笑っていない。茶化しじゃない確認だ。
「逃げない」
言った瞬間、胸が痛くなる。逃げない、と言ったのは、相澤にじゃない。自分にだ。相澤は小さく頷いて、倉庫の入口側の薄い光が当たる場所に立った。近すぎない。遠すぎない。俺が呼吸できる距離。
「じゃ、三分。ここで」
相澤の声が静かで、俺の心臓の音だけがやたら大きく聞こえた。
