迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

俺の「怖い」が空気に落ちた瞬間、相澤はすぐに答えなかった。駅前の雑踏の音が一段大きくなる。信号が変わって、人が流れて、俺たちも流れの端に押しやられる。相澤はそのまま歩きながら、俺の半歩前に出るでもなく、ちゃんと横に並んだまま、考える時間をくれた。

「怖い、ね」

相澤がようやく言った声は、からかいじゃなかった。確認みたいな声だった。

「結城が怖いって言うの、珍しい」

「……言わないだけ」

「知ってる。だから今、言えたのは偉い」

褒めるな、って反射で言い返したいのに、喉が動かない。偉いと言われると、胸の奥が少しだけ緩んで、涙が出そうになるから嫌だ。

相澤は、急に結論を押し付けない。代わりに、提案の形で俺を囲うみたいに言った。

「じゃあ、ルール作ろう」

「ルール?」

「うん。結城が怖いって感じる時、いきなり“助ける/助けない”の二択にしない。まず、三分だけ場所変える。人の目ないとこ」

俺は眉を寄せた。合理的で、でも変に優しい。相澤は続ける。

「例えば、あの倉庫。覚えてるだろ。ここから近い」

倉庫。暗い準備室よりもっと暗い、あの狭い場所。相澤と二人で紙を揃えた場所。手袋を差し出された場所。名前を呼ばれた場所。思い出すだけで胸が熱くなる。

「今すぐ行くの?」

「うん。帰る前に三分。結城が断る理由を言うでもいいし、怖いの中身を言うでもいい。言えなければ、言えないって言うだけでいい」

言えないって言うだけでいい。その逃げ道が、逆に逃げさせない。逃げさせないのに、追い詰めない。相澤のやり方だ。

「で、ルール二つ目」

相澤は歩く方向を自然に変えた。駅とは反対。校舎のほうへ戻る道。俺は止まろうとして、止まれなかった。相澤の速度が、俺の速度と同じだからだ。

「結城が『怖い』って言ったら、俺は一回止まる。茶化さない。今日みたいに優先順位切る」

「……勝手に」

「勝手にじゃない。提案」

相澤が横目で見る。真面目な目。俺は反射で視線を逸らした。

「じゃあ、結城の提案も聞く。俺がやめた方がいいこと、ある?」

問われて、言葉が詰まる。やめてほしいことはある。近づきすぎること。けど近づいてほしいのも本当で、矛盾が喉に詰まる。

「……分かんない」

正直に言うと、相澤は「それでいい」と頷いた。

「分かんないなら、倉庫で考える。三分でいい。――結城、今、帰ったらまた一人で抱える顔するだろ」

図星で、俺は唇を噛んだ。相澤はそこで、少しだけ声を柔らかくする。

「俺、味方って言った。味方って、手を引くことも含む。だから、結城が断るなら断っていい。でも、断る前に“確認”させて。怖いを置いていくな」

倉庫の扉が見えてきた。暗い入口。逃げ場みたいな場所。相澤は扉の前で立ち止まり、俺のほうを見た。

「三分。いい?」

俺は返事の代わりに、小さく頷いた。頷いた瞬間、胸の奥がまた痛くなった。怖いのに、そこへ行きたいと思ってしまう自分が、もう逃げられない感じがした。