相澤は追ってこない代わりに、俺の返事を待つみたいに止まった。準備室の暗さの中で、相澤が動かないのが逆に目立つ。いつもなら軽口で距離を詰めたり、冗談で空気を割ったりするのに、今日はそれをしない。俺が半歩引いたままでも、相澤はその半歩を奪いに来ない。
「結城」
名前を呼ばれて、俺は肩に力を入れた。続きが怖い。責められるのが怖い。期待を裏切るのが怖い。そんなの全部、言葉にしないまま胸の中で増殖する。
相澤はその怖さを分かっているみたいに、声を落とした。
「さっきさ。俺、交渉したじゃん」
「……うん」
「結城がやると、たぶんもっと丁寧にやる。でも、丁寧すぎて自分が削れる」
削れる。言い方が痛いのに、当たってる。俺はメモの端を指で潰した。紙がよれる。そういう小さな動作に、今の自分の余裕のなさが出る。
「結城が弱いって言ってるんじゃない。逆。強いから、無理ができる。だから危ない」
相澤はそこで一拍置いた。答えを急がせない間。俺はその間に呼吸を探す。吸って、吐く。やっと少しだけ胸が広がる。
「二分止まるって言ったけどさ」
相澤がゆっくり言う。
「止まるって、結城には怖いだろ。止まったら遅れるって思うから」
俺は返事ができなかった。まさにそれだった。止まった瞬間、遅れが確定する気がして、頭が許さない。
「でも、止まらないと順番が消える。順番が消えると、全部が怖くなる」
相澤は俺のメモを奪わない。代わりに、指先で空中に小さく番号を書いた。
「一、昼までの回収。二、先生チェックの時間確保。三、修正反映。四、印刷。……これだけ」
たった四つ。俺の頭の中では、四十個くらいあったのに。相澤が並べた瞬間、世界が少しだけ整理される。
「結城。今、何が一番怖い?」
質問が真っ直ぐで、俺は逃げたくなる。でも逃げたら、また同じになる。俺は唇を噛んで、小さく言った。
「……また、誰かに迷惑かけるのが怖い」
出した瞬間、情けなくて死にたくなる。相澤は笑わない。否定もしない。ただ、静かに頷いた。
「そっか」
それだけ。なのに胸が熱くなる。
「じゃあ、俺が迷惑引き受ける」
「……は?」
「結城が崩れたら、みんな困る。だから、結城が崩れないように俺が動く。迷惑って言うなら、俺が先に迷惑になる。――それでいい」
理屈なのに、乱暴に優しい。俺は言い返せず、目を逸らした。暗い準備室の隅に積まれた段ボールが、ぼんやり見える。
「……お前、何でそこまで」
声が震える。相澤は少しだけ口角を上げた。茶化す笑いじゃない。
「ペアだから。……それに、結城がちゃんとしてるの、見てるから」
その「見てる」が、俺の胸の奥を軽く叩いた。よかった、が小さく湧く。誰かに見られるのは怖いのに、相澤に見られているのは、なぜか怖くない。
「よかった」
相澤が呟く。「よかった」が、俺の胸の奥を少しだけ温めた。俺は小さく頷いて、メモの一番上に“1”と書いた。順番が戻ってきた気がした。
「結城」
名前を呼ばれて、俺は肩に力を入れた。続きが怖い。責められるのが怖い。期待を裏切るのが怖い。そんなの全部、言葉にしないまま胸の中で増殖する。
相澤はその怖さを分かっているみたいに、声を落とした。
「さっきさ。俺、交渉したじゃん」
「……うん」
「結城がやると、たぶんもっと丁寧にやる。でも、丁寧すぎて自分が削れる」
削れる。言い方が痛いのに、当たってる。俺はメモの端を指で潰した。紙がよれる。そういう小さな動作に、今の自分の余裕のなさが出る。
「結城が弱いって言ってるんじゃない。逆。強いから、無理ができる。だから危ない」
相澤はそこで一拍置いた。答えを急がせない間。俺はその間に呼吸を探す。吸って、吐く。やっと少しだけ胸が広がる。
「二分止まるって言ったけどさ」
相澤がゆっくり言う。
「止まるって、結城には怖いだろ。止まったら遅れるって思うから」
俺は返事ができなかった。まさにそれだった。止まった瞬間、遅れが確定する気がして、頭が許さない。
「でも、止まらないと順番が消える。順番が消えると、全部が怖くなる」
相澤は俺のメモを奪わない。代わりに、指先で空中に小さく番号を書いた。
「一、昼までの回収。二、先生チェックの時間確保。三、修正反映。四、印刷。……これだけ」
たった四つ。俺の頭の中では、四十個くらいあったのに。相澤が並べた瞬間、世界が少しだけ整理される。
「結城。今、何が一番怖い?」
質問が真っ直ぐで、俺は逃げたくなる。でも逃げたら、また同じになる。俺は唇を噛んで、小さく言った。
「……また、誰かに迷惑かけるのが怖い」
出した瞬間、情けなくて死にたくなる。相澤は笑わない。否定もしない。ただ、静かに頷いた。
「そっか」
それだけ。なのに胸が熱くなる。
「じゃあ、俺が迷惑引き受ける」
「……は?」
「結城が崩れたら、みんな困る。だから、結城が崩れないように俺が動く。迷惑って言うなら、俺が先に迷惑になる。――それでいい」
理屈なのに、乱暴に優しい。俺は言い返せず、目を逸らした。暗い準備室の隅に積まれた段ボールが、ぼんやり見える。
「……お前、何でそこまで」
声が震える。相澤は少しだけ口角を上げた。茶化す笑いじゃない。
「ペアだから。……それに、結城がちゃんとしてるの、見てるから」
その「見てる」が、俺の胸の奥を軽く叩いた。よかった、が小さく湧く。誰かに見られるのは怖いのに、相澤に見られているのは、なぜか怖くない。
「よかった」
相澤が呟く。「よかった」が、俺の胸の奥を少しだけ温めた。俺は小さく頷いて、メモの一番上に“1”と書いた。順番が戻ってきた気がした。
