迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

準備室のドアを閉めた途端、外の音がすっと遠のいた。廊下のざわめきも、チャイム前の足音も、薄い壁の向こうに押しやられて、代わりにここには古いマットと木の匂いだけが残る。薄暗い。蛍光灯が一本だけ点いていて、影が長く伸びる。

「……静か」

相澤が小さく言った。さっきまで放送室前で交渉していた相澤の声とは違う、雑音を避けるみたいな声。俺は手に持っていたメモを見下ろし、ペン先で赤丸をなぞった。チェックが増えていくほど、安心より先に“次”が見える。終わってない。まだ足りない。

「結城、ちょっと休め」

「休めない。昼までの回収、まだ――」

言いかけて止まる。相澤が、笑ってない。廊下で見せた軽さがなくて、目だけが真面目だ。責められるわけじゃないのに、胸がきゅっとなる。

「大丈夫、って言うなよ」

「言ってない」

反射で返した声が、思ったより尖ってしまう。相澤はそれでも顔色を変えず、俺の手元のメモを覗き込まないまま言った。

「言ってないけど、顔が言ってる。結城、今、息が浅い」

言われた瞬間、自分の胸が苦しいことに気づく。さっきから、ちゃんと息をしている“つもり”で、呼吸がどこかで途切れていた。俺は意地みたいに深呼吸をして、でもそれがうまくいかなくて、喉が鳴った。

「……別に、平気」

結局、口がいつもの言葉を選ぶ。相澤は小さく息を吐いた。

「平気じゃないの、悪いことじゃない。結城は“平気じゃない”を隠すから、怖い」

怖い。相澤がその言葉を使うのが意外で、俺は顔を上げそうになって、やめた。見られたら、揺れるのが分かる。揺れると、何かがバレる気がする。

「……じゃあ、どうすればいい」

俺が小さく言うと、相澤はようやく一歩、距離を詰めた。触れない。けど、逃げられない距離。

「今は、二分だけ止まる。で、次の手順を並べる。結城が一人で抱えると、順番が消えるから」

理屈なのに、優しい。俺はうまく返事ができなくて、メモを握りしめた。暗い準備室で、俺の影が揺れる。

俺が半歩引いたことで、距離より沈黙のほうが近くなった。