相澤の声は大きくないのに、不思議と場が静まった。図書委員の二人が走って行ったあと、廊下の喧騒がまた戻ってくるはずなのに、俺の耳には相澤の言葉だけが残っていた。「責めてない」「間に合えばOK」。たったそれだけで、空気の角が丸くなる。
「次、放送部だっけ」
相澤がメモを覗き込みもせず言う。俺が頷く前に、彼はもう廊下の先に目をやっていた。
「放送室、行く?」
「行く。……でも、昼休み終わる」
「終わる前に、終わらせる」
言い切るのが、ずるい。俺は「たぶん」みたいな逃げ道をいつも残すのに、相澤は残さない。残さないくせに、押しつけない。だから腹が立つほど頼もしい。
放送室前には、鍵当番の先輩がいて、扉の前で腕を組んでいた。俺が「すみません」と声をかけようとした瞬間、相澤が先に口を開く。
「先輩、今ちょっとだけ。文化祭の音源、提出の確認したくて」
先輩が「今忙しい」と眉を寄せる。俺の胃がきゅっとなる。こういう時、俺は引っ込む。頭を下げて、後で来ますって言って、結局遅れる。それがいつものパターン。
でも相澤は引かない。怒らないし、声も荒げない。ただ、言葉だけを整えて前に出る。
「忙しいの分かってます。だから“二分だけ”ください。ここで確認できたら、こっちも先輩に余計な連絡しなくて済む」
先輩の表情が一段落ちる。「……二分な」と鍵を回す。扉が開く音が、俺の胸の圧を少しだけ外した。
中で提出形式を確認して、相澤が必要な点だけを短くメモに書く。俺は隣で頷きながら、相澤の“交渉”の仕方を見ていた。媚びない。押さない。相手の得になる形にして、ちゃんと期限を言う。俺がいつも怖くて避けている部分を、相澤は当たり前みたいにやる。
廊下に戻った瞬間、俺は息を吐いた。
「……すごいな」
思ったまま口から出て、慌てて言い直しかける。でも相澤は、こちらを見て軽く笑った。
「何が」
「いや、交渉。先輩、機嫌悪かったのに」
「機嫌悪いのは普通だろ。忙しいんだし」
相澤はあっさり言って、俺のメモに視線を落とす。
「結城、ちゃんと準備してるから。出すものが明確だと、通る」
褒められたのに、どこか刺がある言い方で、俺は反射でムッとした。
「……それ、褒めてる?」
「褒めてる。……けど、結城の“抱え方”は失礼なくらい真面目だから」
「失礼な褒め方」
思わず返したら、相澤が笑った。廊下の喧騒がまた戻る。なのに、俺の胸の奥だけは少し軽い。
俺は悔しいのに笑いそうになって、視線をメモに落としたまま、赤丸の横に小さくチェックを入れた。
「次、放送部だっけ」
相澤がメモを覗き込みもせず言う。俺が頷く前に、彼はもう廊下の先に目をやっていた。
「放送室、行く?」
「行く。……でも、昼休み終わる」
「終わる前に、終わらせる」
言い切るのが、ずるい。俺は「たぶん」みたいな逃げ道をいつも残すのに、相澤は残さない。残さないくせに、押しつけない。だから腹が立つほど頼もしい。
放送室前には、鍵当番の先輩がいて、扉の前で腕を組んでいた。俺が「すみません」と声をかけようとした瞬間、相澤が先に口を開く。
「先輩、今ちょっとだけ。文化祭の音源、提出の確認したくて」
先輩が「今忙しい」と眉を寄せる。俺の胃がきゅっとなる。こういう時、俺は引っ込む。頭を下げて、後で来ますって言って、結局遅れる。それがいつものパターン。
でも相澤は引かない。怒らないし、声も荒げない。ただ、言葉だけを整えて前に出る。
「忙しいの分かってます。だから“二分だけ”ください。ここで確認できたら、こっちも先輩に余計な連絡しなくて済む」
先輩の表情が一段落ちる。「……二分な」と鍵を回す。扉が開く音が、俺の胸の圧を少しだけ外した。
中で提出形式を確認して、相澤が必要な点だけを短くメモに書く。俺は隣で頷きながら、相澤の“交渉”の仕方を見ていた。媚びない。押さない。相手の得になる形にして、ちゃんと期限を言う。俺がいつも怖くて避けている部分を、相澤は当たり前みたいにやる。
廊下に戻った瞬間、俺は息を吐いた。
「……すごいな」
思ったまま口から出て、慌てて言い直しかける。でも相澤は、こちらを見て軽く笑った。
「何が」
「いや、交渉。先輩、機嫌悪かったのに」
「機嫌悪いのは普通だろ。忙しいんだし」
相澤はあっさり言って、俺のメモに視線を落とす。
「結城、ちゃんと準備してるから。出すものが明確だと、通る」
褒められたのに、どこか刺がある言い方で、俺は反射でムッとした。
「……それ、褒めてる?」
「褒めてる。……けど、結城の“抱え方”は失礼なくらい真面目だから」
「失礼な褒め方」
思わず返したら、相澤が笑った。廊下の喧騒がまた戻る。なのに、俺の胸の奥だけは少し軽い。
俺は悔しいのに笑いそうになって、視線をメモに落としたまま、赤丸の横に小さくチェックを入れた。
