迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

誰もいない廊下を歩く足音が、二人分だけ重なっていた。昇降口のざわめきから少し離れると、学校はまだ起ききっていないみたいに静かだ。窓の外は白っぽくて、朝の光が床に薄い線を落としている。俺は掲示物の束を抱え直し、息を整えるふりをした。

「結城、眠い?」

相澤が前を見たまま聞く。からかう声じゃない。寝不足の人に水を差し出すみたいな声だ。

「……普通」

「普通って言う時の結城、だいたい普通じゃない」

「うるさい」

そう返すのが、もう朝の挨拶みたいになっている気がして嫌だ。嫌なのに、嫌じゃない。俺はその感覚の名前をまだ知らない。

掲示板の前で立ち止まり、プリントの角を揃える。昨夜の誤字チェックで直した文言が、朝の空気にさらされて少しだけ硬く見える。相澤は俺の手元を覗き込まず、少し後ろから全体を見渡した。

「今日、回収予定の団体、ここで確認しよ」

相澤が低く言う。俺は頷いて、メモを開く。文字が自分の字なのに、朝は少しだけ読みにくい。

「委員会、昼まで。部活、放課後。クラス出し物、今日中」

「よし。結城、昼までのやつは俺が回収する。結城は先生のとこ行け」

「……いいのか」

言った瞬間、自分でも情けないと思った。“いいのか”じゃない。“頼む”と言えればいいのに、まだ口が慣れていない。相澤は笑わずに、当たり前みたいに頷いた。

「いい。俺、手足なんだろ」

昨日の言葉が、今日の廊下では少しだけ違って聞こえる。軽口のはずなのに、約束みたいに響く。

俺は掲示物を貼り終えて、指先で端を押さえた。風がないのに、紙が揺れる気がする。相澤がすっと手を伸ばして、押さえる位置をほんの少しだけ直した。

「そこ、浮く。剥がれる」

「……分かった」

俺が言う前に、相澤はもう手を引いている。触れない距離に戻る。その戻り方が、妙に上手い。

「結城」

相澤が呼ぶ。俺は反射で顔を上げた。

「今日、顔に“謝る”って書くなよ。やることだけ見ろ」

俺は返事ができず、喉を鳴らした。図星だった。さっきから、職員室前のことが頭の端に残っていて、また何かあったら、と勝手に怖がっていた。

「……努力する」

「努力でいい。できたら褒める」

「褒めなくていい」

言い返した瞬間、相澤が少しだけ口角を上げる。

「危ない」

「何が」

「今、結城、足元見てない」

俺は慌てて床を見る。廊下の端に、掃除用のバケツが置かれていた。気づかずに進んでいたら、たぶん蹴っていた。相澤が俺の肩口を軽く押さえて止めたのは、ほんの一瞬だけ。すぐ離れた。

「危ない」と笑われて、俺は返事の代わりに視線を逸らした。胸の奥が、冷たい朝のはずなのに、変にあたたかい。